ひのとり 乙特急。 【近鉄特急】「アーバンライナー・ひのとり」や「さくらライナー」等、土日列車を一部運休へ

【近鉄特急】ひのとり プレミアムシート乗車レビュー 座席広々、足も伸ばせる最高の乗り心地!

ひのとり 乙特急

【画像】エリアの広い近鉄特急 アーバンライナーnext この21020系は今後車両更新か。 2020-2-20 5時掲載開始 2020-3-14ダイヤ変更で、名阪特急 名古屋-大阪難波 間で、「ひのとり」の運行が始まります。 この運用としては、左記と予想は出来ます。 現状運用と比較し、大阪難波や桜川の入換を考えれば、このような具合とみられます。 3運用必要となりますが、既に4編成は揃っている模様で、予備車の配置もあります。 近畿車両では5編成目、4月まで7編成は揃うようです。 車両の所属はどうやら高安のようで、高安基本として、富吉、東花園と回るような感じです。 3運用で開始も4月には7編成揃うため、途中で、車種の変更が予想出来ます。 これにより、相当以上のアーバンライナー車両が捻出、玉突きで、古い12200系が廃車、一部では既に離脱となった編成があるようです。 【画像】アーバンライナー運用推測 上記はチケットレスで検索はしておりませんが、推測運用としてまとめました。 13編成あるアーバンライナーで、10運用程度ではないかとみられます。 列車番号が3桁の運用は、今後、ひのとりに変わるものとみられます。 上記から6運用程度とみられ、来月のダイヤ改正で3運用、合計9運用となり、11編成予備2という具合になりそうです。 ひのとり車両は、最終的に6両8編成、8両3編成となりますが、4月まで7編成は揃うため、やはり、途中の車種変更が見込まれます。 UL車で1編成予備が多くなりますが、21020系2編成は、2003年新製以来の車両更新として、想定もしています。 平日運用しか予想していませんが、こんな感じになるだろうと思われます。 ひのとり置き換え後は、4~5編成で名阪+阪奈、残りで名伊系統ではないかとみられます。 5運用と想定しましょうか。 また、一般特急の名阪特急運用が激減します。 上記名阪乙特急も全編成アーバンライナー化は可能な範囲です。 上記の車両運用は予想のため、実際と異なるでしょう。 但し、数的にはギリギリでしょうか。 また、話は変わりますが、ひのとりでは8両編成が登場しますが、検査時はアーバンライナーで代走も予想出来ます。 現状は左図のような向きとなります。 伊勢志摩ライナー・しまかぜを除く特急車両の場合となりますが、伊勢志摩方面で逆向きとなるため、伊勢志摩方面の車庫である、明星所属の車両は、大阪線・名古屋線とそれぞれの予備車を用意する必要があります。 即ち、伊勢志摩方面で、大阪・名古屋と号車も逆になっています。 ******************************************** 【画像】一般特急車の向きを変えた場合 これを、伊勢志摩ライナー・しまかぜ、通勤車両と同じ向きに変更させた場合は、左図となります。 今度は伊勢中川-名古屋間で向きが逆転し、号車も名阪・名伊と逆になりますが、名阪特急は「ひのとり・アーバン」のみとさせたら、一般特急車は、向きは反対になりますが、伊勢志摩方面では向きが一緒となります。 これにより、明星所属の車両も大阪・名古屋方面で向きが同じとなり、予備車も共通化が可能となります。 「ひのとり・アーバン」では、阪伊系統には充当せず、向きは今まで通りとなりますが、伊勢志摩・アーバンのDX車の位置も、伊勢志摩方面と名古屋方面で同じ位置、大阪方面で異なるだけです。 また富吉車でも、向きが逆転ですが、名阪特急は「ひのとり・アーバン」により、名阪方面では充当することがなくなるため、同じ向きとなります。 来月3月のダイヤ変更後は、ビスタカーの名阪特急運用がなくなりますが、所属替えで対応させるのか、名阪ではビスタの表示がなくても、「隠れビスタ」として残っているかは分かりません。 当方としては、一部編成の所属替えで対応し、2021年ダイヤ変更で、こうした一般特急の向きの変更ではと予想はしています。 こうなれば、一般特急車も予備車に余裕が出てくると思いますし、運用上の制約も少なくなる気がします。 【画像】通勤車の場合 通勤車両向きは、大阪名古屋線系統と奈良線系統で逆となります。 東武鉄道みたいに、本線と東上線車両を融通しあうことも、近鉄では滅多にありません。 左図は、奈良線のVE52と大阪線のVC53で比較しました。 編成の向きは逆転ですが、優先席はどちらも同じ位置です。 奈良線の低加速、大阪名古屋線の高加速スイッチ、奈良線と大阪名古屋線の抑速段の違い、方向幕の設定などはよく分かります。 細かい所では、電気連結器の繋ぎもそれぞれで異なるなど、仕様が異なる話を聞いたことはありますが、本当のことは不明です。 ですが、向きを変える予定もありませんね。 やはり理由があるのでしょう。 また、これらがどういう理由かもハッキリしません。 有識者の方、ゆるくご教授下さいませ…。

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ひのとり (ひのとり)とは【ピクシブ百科事典】

ひのとり 乙特急

【画像】エリアの広い近鉄特急 アーバンライナーnext この21020系は今後車両更新か。 2020-2-20 5時掲載開始 2020-3-14ダイヤ変更で、名阪特急 名古屋-大阪難波 間で、「ひのとり」の運行が始まります。 この運用としては、左記と予想は出来ます。 現状運用と比較し、大阪難波や桜川の入換を考えれば、このような具合とみられます。 3運用必要となりますが、既に4編成は揃っている模様で、予備車の配置もあります。 近畿車両では5編成目、4月まで7編成は揃うようです。 車両の所属はどうやら高安のようで、高安基本として、富吉、東花園と回るような感じです。 3運用で開始も4月には7編成揃うため、途中で、車種の変更が予想出来ます。 これにより、相当以上のアーバンライナー車両が捻出、玉突きで、古い12200系が廃車、一部では既に離脱となった編成があるようです。 【画像】アーバンライナー運用推測 上記はチケットレスで検索はしておりませんが、推測運用としてまとめました。 13編成あるアーバンライナーで、10運用程度ではないかとみられます。 列車番号が3桁の運用は、今後、ひのとりに変わるものとみられます。 上記から6運用程度とみられ、来月のダイヤ改正で3運用、合計9運用となり、11編成予備2という具合になりそうです。 ひのとり車両は、最終的に6両8編成、8両3編成となりますが、4月まで7編成は揃うため、やはり、途中の車種変更が見込まれます。 UL車で1編成予備が多くなりますが、21020系2編成は、2003年新製以来の車両更新として、想定もしています。 平日運用しか予想していませんが、こんな感じになるだろうと思われます。 ひのとり置き換え後は、4~5編成で名阪+阪奈、残りで名伊系統ではないかとみられます。 5運用と想定しましょうか。 また、一般特急の名阪特急運用が激減します。 上記名阪乙特急も全編成アーバンライナー化は可能な範囲です。 上記の車両運用は予想のため、実際と異なるでしょう。 但し、数的にはギリギリでしょうか。 また、話は変わりますが、ひのとりでは8両編成が登場しますが、検査時はアーバンライナーで代走も予想出来ます。 現状は左図のような向きとなります。 伊勢志摩ライナー・しまかぜを除く特急車両の場合となりますが、伊勢志摩方面で逆向きとなるため、伊勢志摩方面の車庫である、明星所属の車両は、大阪線・名古屋線とそれぞれの予備車を用意する必要があります。 即ち、伊勢志摩方面で、大阪・名古屋と号車も逆になっています。 ******************************************** 【画像】一般特急車の向きを変えた場合 これを、伊勢志摩ライナー・しまかぜ、通勤車両と同じ向きに変更させた場合は、左図となります。 今度は伊勢中川-名古屋間で向きが逆転し、号車も名阪・名伊と逆になりますが、名阪特急は「ひのとり・アーバン」のみとさせたら、一般特急車は、向きは反対になりますが、伊勢志摩方面では向きが一緒となります。 これにより、明星所属の車両も大阪・名古屋方面で向きが同じとなり、予備車も共通化が可能となります。 「ひのとり・アーバン」では、阪伊系統には充当せず、向きは今まで通りとなりますが、伊勢志摩・アーバンのDX車の位置も、伊勢志摩方面と名古屋方面で同じ位置、大阪方面で異なるだけです。 また富吉車でも、向きが逆転ですが、名阪特急は「ひのとり・アーバン」により、名阪方面では充当することがなくなるため、同じ向きとなります。 来月3月のダイヤ変更後は、ビスタカーの名阪特急運用がなくなりますが、所属替えで対応させるのか、名阪ではビスタの表示がなくても、「隠れビスタ」として残っているかは分かりません。 当方としては、一部編成の所属替えで対応し、2021年ダイヤ変更で、こうした一般特急の向きの変更ではと予想はしています。 こうなれば、一般特急車も予備車に余裕が出てくると思いますし、運用上の制約も少なくなる気がします。 【画像】通勤車の場合 通勤車両向きは、大阪名古屋線系統と奈良線系統で逆となります。 東武鉄道みたいに、本線と東上線車両を融通しあうことも、近鉄では滅多にありません。 左図は、奈良線のVE52と大阪線のVC53で比較しました。 編成の向きは逆転ですが、優先席はどちらも同じ位置です。 奈良線の低加速、大阪名古屋線の高加速スイッチ、奈良線と大阪名古屋線の抑速段の違い、方向幕の設定などはよく分かります。 細かい所では、電気連結器の繋ぎもそれぞれで異なるなど、仕様が異なる話を聞いたことはありますが、本当のことは不明です。 ですが、向きを変える予定もありませんね。 やはり理由があるのでしょう。 また、これらがどういう理由かもハッキリしません。 有識者の方、ゆるくご教授下さいませ…。

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近鉄特急「ひのとり」増発!!! TOMIXから鉄道模型化も! : Lyrical★Memories

ひのとり 乙特急

が低い山田線、鳥羽線、志摩線 における2両編成のローカルと8両編成特急の離合。 閑散線区における採算手段として特急運営は必要不可欠である。 、の2大都市をはじめ、、、等の地方都市、、、、、等の観光地に路線網を張る近畿日本鉄道は、路線の大半での有料特急を運行し、都市間輸送、レジャー輸送、通勤輸送、観光輸送など様々なに対応した特急運用を行なっている。 運行頻度、本数は私鉄最大 で、複数系統が全路線の約8割をくまなく走行し、特急ネットワークを形成している。 また、系統の異なる特急が各接続駅で相互に連絡のうえ、系統間を跨いだ移動の自由度、およびを提供している。 特急には特急専用車両が限定で用いられ、各社のように特急車両を特急運用以外の用途(、、の各列車)に用いる事例 や、・(全車特別車の「ミュースカイ」除く)・()などのような一般車両(自由席)と混成する運用も存在しておらず、および運用とは厳格に区別されている。 座席はが基本で、伊勢志摩観光向けとしてタイプのグループ席も用意されている。 特急ネットワーク [ ] 現在1日約400本を運行する近鉄特急も、に創始された時は、大阪 - 名古屋間1日4本(2往復)であった。 その後、同区間でのと競合しながら着実に需要を伸ばし、までに路線改良や特急車の増備を経て都市間連絡を主体とした特急が3系統、78本まで増発された。 しかし、1964年10月の開業を転機として運行体系を抜本的に見直す必要に迫られ、特に新幹線と運行区間が重なる大阪 - 名古屋間特急はスピードと利用頻度において新幹線に太刀打ちすることは不可能で、また料金面で大差がないことから大きくシェアを落とすことが予想された。 近鉄特急は創始以来、大阪 - 名古屋間特急を主体として営業展開を行ってきたが 、新幹線の出現によって瓦解の危機に直面する。 この状況に対して、時の近鉄社長の佐伯勇は「名阪間で新幹線に勝てないのは自明の理」と認識したうえで 、新幹線の高速輸送によって東京から近畿・中部地区の観光地まで概ね3時間の範囲に収まることを逆手に取り、新幹線から来た客を名古屋ないし京都乗換えのうえ自社線内の観光地に誘致して新たな需要を喚起する方針に転じた。 この戦略の転換によって都市と観光地を結ぶ系統が相次いで新設された。 そして主要幹線を特急が縦横に駆け回り、各接続駅で特急列車同士の乗継に配慮したダイヤとしたことから、その堅密に連携された特急網をして特急ネットワークと称され 、その運行スタイルは今に至るも近鉄特急の特徴となっている。 制度の面からも、乗り継ぎの際の特急料金の算定方式や、特急券の発券様式を利便性の高いスタイルにすることで、特急ネットワークをバックアップしている。 このことは、大都市圏を中心に路線を展開し、その営業距離が近鉄よりも遥かに短いをはじめなどの各電鉄会社と比較しても近鉄路線全体の採算状態が芳しくないことを示している。 その弱点をカバーするために、閑散路線を経由する形で沿線に散らばる大都市、中小都市、観光地を特急列車で有機的に結合のうえ、旅客流動を創出して採算を得ている。 そのために特急専用車両を使用し、全席指定、かつ高速輸送、そして旅客の需要に合わせた運用を行い、それらのサービスの見返りとして、特別急行料金を徴収して長大路線の維持管理運営を行なう原資としている。 近鉄が歴史的に特急運営及び特急車両の質的改善にこだわりを見せる要因の一つが、このような事情にあるとされている。 特急列車の系統・運行概況 [ ] 現在、近鉄特急の各列車にはが存在しない ため、本節では各列車の解説手段として、近鉄部内で呼び慣わしている系統名を用いる。 現在、近鉄特急には、大阪・京都・名古屋を起点に、各地方都市・観光地を結ぶ系統が8つ存在し、例えば、この内の大阪 - 名古屋間系統の場合は「」と称する。 この定義に沿って8つの系統名を言い表せば、 名阪(めいはん)、 阪伊(はんい)、 名伊(めいい)、 京伊(けいい)、 京橿(けいかし )、 京奈(けいな)、 阪奈(はんな)、 吉野(よしの)で 、以下その順番で解説する。 また、本節では系統名の下に特急と付記して「名阪特急」と記述する。 なお、他社で使用されている「」「」 などの公式的な派生種別は存在しない。 近鉄部内における分類として、名阪、阪伊、名伊の3系統については、速達タイプの停車駅の少ない特急を 甲特急、主要駅停車タイプの特急を 乙特急と区別の上呼称し 、速達タイプと主要駅停車タイプとに分けていないその他の列車では、単に 特急と呼称している。 本項でも解説の便宜上、それに倣う。 ただし「しまかぜ」「青の交響曲」については、甲・乙の区別とは別に 観光特急として分類され、近鉄公式の刊行物やホームページでも「観光特急」と称されている。 よって、本項では「近鉄特急」や「特急」の呼称の他にも、特記する必要のある部分については「甲特急」「乙特急」「観光特急」との呼称も使用する。 「アーバンライナー」「伊勢志摩ライナー」「しまかぜ」「さくらライナー」「青の交響曲」「ひのとり」などの名称は、車両固有の名称であって列車名ではない。 ただし「しまかぜ」(50000系電車)と「青の交響曲」(16200系電車)のように観光特急専用車両で運用する特急列車については、近鉄が既存の特急とは別に観光特急として案内していることから、阪伊特急、京伊特急、名伊特急および吉野特急の各節では述べず、「観光特急しまかぜ」および「観光特急青の交響曲」の節で別途解説する。 本節では編成表も掲載しているが、掲載対象は時刻表に使用車両の記載がある固定編成系列 を主体とした。 については、運用日直前まで車種および両数が確定しないため 一例だけを例示するか割愛した。 各系統の運行区間と停車駅を下図に示す。 図では主要駅に停車する標準的な特急(乙特急および特急)と、長距離を直通で結ぶために途中の駅にはほとんど停車しない速達型の特急(甲特急および観光特急)を分けて示した。 また、天理・湯の山温泉方面などの臨時運行は除外した。 なお、名阪間の途中駅始発・終着の列車については慣例上、を経由する列車のみ名阪特急として扱い、大阪難波駅 - 伊賀神戸駅間内相互のみを運行する列車は阪伊特急、近鉄名古屋駅 - 津駅間内相互のみを運行する列車は名伊特急として扱う。 近鉄特急運行系統と停車駅(2014年10月10日現在) 名阪特急(大阪 - 名古屋間) [ ] 名阪特急運行路線図 名阪(めいはん)特急は・・ - 間に運行され、 - 近鉄名古屋駅間を原則、津駅のみに停車する 甲特急と、三重・奈良両県内の主要駅に停車する 乙特急の2種類がある。 とを直通するため、途中のには入線せず、同駅手前に設けられた短絡線でショートカットする。 列車ダイヤは、大阪難波駅・近鉄名古屋駅とも甲特急は毎時00分発(両駅とも7:00-21:00発)とし、土休日には大阪難波駅6時発、近鉄名古屋駅8時20分発と、16 - 18時台の大阪難波駅20分発と近鉄名古屋駅25分発が加わる。 乙特急は30分発(両駅とも6:30-21:30)とし、早朝の近鉄名古屋駅発(5:58発・平日は大阪上本町行、土休日は大阪難波行)が追加される。 大阪難波発の列車のうち平日の乙特急の大半と、土休日の甲特急の大半が大阪難波駅で方面からの快速急行の接続を受けるダイヤになっている。 甲特急は上下列車とも津駅で名伊乙特急と接続し、甲特急が停車しない白子、近鉄四日市、桑名の各駅と大阪を連絡する。 また、乙特急は大和八木駅にて京伊特急や京橿特急と接続して愛知県や三重県と奈良県、京都府間における都市間連絡の役割も担う。 名阪乙特急の設定は1時間に1本となっているが、名伊乙特急と阪伊乙特急が伊勢中川駅で接続するため、大阪と名古屋線沿線都市、あるいは名古屋と大阪線沿線都市との連絡は時間あたり実質3本となる。 名阪特急のは、下りを、上りをとする原則の例外とされる。 これは大阪に向かう名阪特急が名古屋線で下りとして走行しても、経由で大阪線に入線した際に、大阪線の上りに変化するため、奇数偶数に捉われない番号を付与しているためである。 00分発の甲特急の場合、大阪から名古屋へ向かう特急は発車時刻に合わせた番号として(8時始発なら8列車)、これとは逆方向の名古屋から大阪ゆきの場合は50をプラスする(8時始発なら58列車)。 甲特急のうち、土休日の夕方に増発される列車はさらに700をプラス(大阪難波駅16時20分発なら716列車)し、大阪難波駅21時発は白子駅、近鉄四日市駅、桑名駅にも停車することから、600をプラスした621列車として区別してる。 また、乙特急はさらに100をプラスする(大阪難波駅8時30分発は108列車、逆方向は158列車)。 主要駅間の所要時間 大阪難波駅 - 近鉄名古屋駅間:約2時間05分 - 2時間33分 189. 7km 大和八木駅 - 近鉄名古屋駅間:約1時間37分 - 1時間52分 152. 9km 大阪難波駅 - 近鉄四日市駅間:約1時間50分 - 1時間59分 152. 8km 大阪難波駅 - 津駅間:約1時間20分 - 1時間30分 123. 2km 停車駅 甲特急「ひのとり」 - - - () - - () - () - () - 甲特急 - 大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - (大和八木駅) - 津駅 - (白子駅) - (近鉄四日市駅) - (桑名駅) - 近鉄名古屋駅• 2021年3月までに全列車が「ひのとり」に統一される予定。 乙特急 大阪難波駅 - 大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - 大和八木駅 - - () - () - 津駅 - 白子駅 - 近鉄四日市駅 - 桑名駅 - 近鉄名古屋駅• ( )は一部の列車が停車。 太字は始発・終着駅。 大和八木駅には以下の列車が停車する• 大阪難波駅6 - 10時発と土休日の夕方のみ運転される名古屋行き甲特急• 近鉄名古屋駅7 - 10時発(平日のみ)、8時20分発(土休日のみ)、夕方以降の大阪難波行甲特急• 全ての乙特急• 白子駅・近鉄四日市駅・桑名駅には全ての乙特急と大阪難波駅21時発の名古屋行甲特急「ひのとり」が停車する。 伊賀神戸駅は早朝と夜の大阪方面行きと早朝の名古屋行が停車する。 桔梗が丘駅は早朝の大阪方面行のみが停車する。 平日の早朝に、近鉄名古屋駅発大阪上本町行乙特急が設定されている。 汎用特急車両の編成は需要の動向によっては変化する。 車椅子対応車両の連結位置も変化するか非連結の場合もある。 なお、「ひのとり」は2020年3月14日のダイヤ改正から導入された新型特急で、乗車の際には特急料金の他に、が必要となる。 乙特急は汎用特急車(4、6、8両編成 )の他に21020系「アーバンライナーnext」や21000系「アーバンライナーPlus」が充当されるが、「ひのとり」の増備後は「アーバンライナー」に統一される予定である。 専用車両が充当される甲特急は早期に喫煙ルーム以外禁煙となったが、健康増進法の改正により2020年3月1日からは近鉄特急全列車で同様の施策が取られたため、現在は他の特急列車との間で禁煙施策に差はなくなっている。 大阪線付近の急坂を駆け上る21020系 沿革 系統自体は近鉄特急の中では最も古く1947年10月に上本町駅(現・大阪上本町駅) - 近畿日本名古屋駅(現・近鉄名古屋駅)間で運転を開始している。 当時はとのが異なっていたことから、で乗り換えを要した。 1948年7月からは大阪線側の名阪特急が宇治山田駅まで延長され、名阪特急には伊勢連絡の役割も付与された。 1959年12月には名古屋線の軌間拡幅工事完成に伴いダイヤ変更を実施、新製されたに置き換えて名阪間乗り換えなしの直通運転が開始されたが、伊勢中川駅には停車して、伊勢中川駅 - 宇治山田駅間の短区間特急と接続することで伊勢連絡は継続された。 しかし、その翌月(1960年1月)には伊勢中川駅を無停車化して(実際はのための運転停車)鶴橋駅 - 近畿日本名古屋駅間で運転を開始、名阪特急における伊勢連絡は廃止された。 また、この時から乙特急が設定された。 1961年3月29日には中川短絡線が開通して伊勢中川駅におけるスイッチバックを廃止した(当初は甲特急のみが短絡線を経由していたが、1963年3月21日から乙特急も短絡線を経由)。 1964年10月に東海道新幹線が開業すると甲特急のシェアは大きく低下したが、乙特急は途中駅間利用の利便性から乗車率が年々向上して本数も増加の一途を辿り、衰退傾向の甲特急とは対照的な動きを見せた (これ以後の甲特急の動向は「新幹線と近鉄名阪特急」にて後述)。 1970年3月21日からは難波線開業によって近鉄難波駅(現・大阪難波駅)発着に改められた。 1990年3月からは朝晩の甲特急が津駅と大和八木駅に停車 して以降は年毎に停車列車が拡大され、2012年3月ダイヤ変更をもって全ての甲特急が津駅停車となったことにより 、ノンストップ運行は終了し、津駅で前後を行く名伊特急の接続を受けるダイヤとなった。 2016年3月19日のダイヤ変更により、近鉄名古屋駅発の甲特急が土休日に1本増発された。 また近鉄名古屋駅6時発(2020年3月14日変更後は5時58分発)の甲特急(土休日のみ)が乙特急に格下げされ、大阪難波駅21時発の甲特急の停車駅に白子、近鉄四日市、桑名の各駅が追加されるとともに、伊賀神戸駅に停車する乙特急が増加した。 さらに途中駅始発の区間運転列車が廃止された。 新幹線と近鉄名阪特急 [ ] 大阪難波駅は地下鉄御堂筋線改札口と近接し、南海線とも地下道で結ばれている。 大阪の地の利を生かして新幹線に対抗する。 名阪特急は東海道新幹線の開通直後は所要時間・運賃の両面で優位性を失った。 特に新幹線と直接競合する甲特急は大打撃を受け、名阪間における近鉄のシェアは、1964年上期の69. そして凋落傾向のシェアに連動して、編成も短縮され、1編成として成り立つ最小単位の2両ないし3両による運用が常態化した。 その後も新幹線における「」の料金値下げ(「」との料金格差の廃止)や「ひかり」への自由席設定などが追い討ちをかけ、1976年3月18日のダイヤ改正では甲特急の減便を実施し同時に全列車を2両編成運転とした。 ところが、1976年11月に実施された国鉄の運賃・料金大幅引上げを契機として 、名阪特急は運賃面で優位となったことから、家族連れを中心に乗客数が急速に増加に転じた。 これに併せて翌1977年1月18日のダイヤ改正では早くも全列車2両編成での運転を見直し、3両ないし4両編成の列車も再び設定され、1980年3月18日のダイヤ改正では甲特急の2両編成の列車が消滅し、最低編成両数は3両編成となった。 その後も国鉄の運賃・料金の値上げは繰り返し実施されたこともあり、名阪特急の乗客数の伸びは著しく、甲特急の編成は乙特急のそれと同様に長大化され、3ないし4両編成の列車のほか、5両から最大8両の編成で運転される列車が出るなどした。 この傾向に拍車をかけるため、1988年3月には、21000系(アーバンライナー)が6往復の甲特急に投入された。 効果として、最大6分の所要時間短縮もさることながら、綿密なを行なって車両やサービスに反映したことが功を奏し、結果的に名阪特急全体で概ね1割の需要増加を見た。 この成功により、甲特急全列車の21000系化と、21000系の一部8両編成化が実施された。 その後、数回の近鉄の料金値上げ(JRは消費税導入時および消費税率改定時を除き、運賃・料金ともに据え置いている)や後の新幹線の利便性向上、バブル崩壊後の景気の悪化ならびにモータリゼーションによる乗客減も加わって、21000系投入以前の実績に逆戻りしているが、割引率の高いクーポン券の導入やの開業も手伝って、ある程度の回復を果たしている。 2020年3月14日からは、国内の鉄道車両では初となる全席バックシェル完備などの設備充実を図った新型車両である80000系「ひのとり」を導入し、高い快適性で新幹線に対抗する。 名阪間の所要時間は、東海道新幹線が新大阪駅 - 名古屋駅間で最速48分、地下鉄でのアクセス時間を加えても難波駅 - 名古屋駅間は1時間20分前後となっている。 また、フリークエンシーも近鉄が時間あたり片道2本(伊勢中川駅乗換え便を加えても4本、うち1本は伊勢中川駅接続中に甲特急に追い抜かれるため有効本数は3本)であるのに対し、新幹線は概ね10本 となっており、双方で不利な近鉄特急は以下の条件で対抗している。 運賃・料金 正規料金では、大阪難波駅 - 近鉄名古屋駅間が運賃、特急料金込みで4,340円(アーバンライナーのレギュラーシート )、新大阪駅 - 名古屋駅間が運賃と新幹線特急料金込みで6,470円(通常期のひかり・こだまの指定席)で、近鉄が2,130円安い(通常期ののぞみの指定席よりは2,340円、のぞみ・ひかり・こだまの自由席利用よりは1,600円安い)。 なお、「」及び「スマートEX」で利用可能な「EXこだまファミリー早特」(名阪間片道4,280円)を購入の場合は、近鉄とほぼ拮抗するが、エクスプレス予約またはスマートEXの会員登録が必要なことや、こだま号限定で3日前までの予約かつ2名以上の利用に限られること、繁忙期に設定除外日が設けられているなどのデメリットがある。 利便性 近鉄は南部の繁華街であるに直接乗り入れており、乗り換えを必要としない。 また、(Osaka Metro)や(南海)、そして阪神との結節点となる難波にターミナルを置くため、特に大阪の東部・南部と名古屋の間での利用は近鉄の方が距離が短い。 このほか、2012年3月より甲特急を津駅に停車させることにより、大阪ないし名古屋と津駅間の速達性を向上させた。 阪伊特急(大阪 - 伊勢志摩間) [ ] 阪伊特急運行路線図 阪伊(はんい)特急は、大阪とを結ぶ特急で、大阪難波駅・大阪上本町駅 - 名張駅・伊賀神戸駅・・・・・間に列車が設定されている。 名阪特急と同様に、停車駅の少ない 甲特急と、主要駅停車の 乙特急がある。 乙特急は伊勢中川駅で名伊乙特急、大和八木駅で京橿特急と相互に接続し、名阪乙特急もしくは京伊特急の補完列車としての役割も兼ねる。 従って、名阪特急の停車しない大和高田駅・榛原駅などから名古屋方面への利用を可能とする他、内特急停車駅と名古屋線内特急停車駅との連絡も可能としている。 基本的に毎時2本が設定され、うち1本がと直通の大阪難波駅 - 賢島駅間の運行(朝8時台、9時台は大阪上本町駅始発)、残り1本が大阪上本町駅 - 宇治山田駅、五十鈴川駅(土休日の始発のみ)間もしくは鳥羽駅間の区間運行で、それぞれが交互に運行されている。 宇治山田駅ないし鳥羽駅止まりの特急で志摩線内に行く場合は後述の志摩線直通の名伊特急が連絡する。 上り大阪方面行も同様で、志摩線内から乗車の場合、直近の列車が名古屋ゆき名伊特急の場合は鳥羽駅や五十鈴川駅、宇治山田駅にて始発の阪伊特急が連絡する。 なお、大阪方面発で夕方以降、志摩線直通列車が運行されない時間帯は、終着駅で名伊特急が連絡する。 深夜帯に近くなるにつれ運行区間も短縮され、名張駅止まりが最短区間となる。 また20時以降は全列車が大阪難波駅始発となる。 なお、大阪線内では名阪乙特急と運行区間が重複することから、大阪市内と大和八木駅または名張駅間の移動であれば、1時間に3本、20分ヘッドの運行となる。 甲特急は大阪難波駅と賢島駅間の運行で、土休日のみ1往復となっている。 下りは大阪難波駅を9時20分、上りは賢島駅を15時に発車し、乙特急とは別枠で設定されている。 主要駅間の所要時間 大阪難波駅 - 名張駅間:約1時間 69. 2km 大阪難波駅 - 宇治山田駅間:約1時間41分 - 1時間52分 139. 2km 大阪難波駅 - 賢島駅間:約2時間24分 - 2時間33分 176. 9km 停車駅 甲特急 大阪難波駅 - 大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - - - - - - 乙特急 大阪難波駅 - 大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - () - () - - () - 名張駅 - (桔梗が丘駅) - ( 伊賀神戸駅) - () - - - 伊勢市駅 - 宇治山田駅 - 五十鈴川駅 - 鳥羽駅 - 志摩磯部駅 - 鵜方駅 - 賢島駅• ( )は一部の列車が停車。 太字は始発・終着駅。 日中は以下の列車が交互に運転されている。 布施駅・榊原温泉口駅に停車する列車(概ね、大阪上本町駅 - 鳥羽駅間の運行)• 大和高田駅・榛原駅・伊賀神戸駅に停車する列車(概ね、昼間は大阪難波駅 - 賢島駅間の運行)• 朝と夕方から夜間にかけて、伊賀神戸駅・榊原温泉口駅の両駅に停車する列車がある。 さらにこれら両駅に加えて大和高田駅・榛原駅に停車する列車や桔梗が丘駅にも停車する列車がある。 布施駅は日中のみの停車である。 汎用特急車両の編成は需要の動向によっては変化する。 車椅子対応車両の連結位置も変化するか非連結の場合もある。 なお、23000系は車両検査のため汎用特急車両に差し替える場合がある。 甲特急は23000系の限定運用である。 夜の大阪難波駅発名張行きは21000系「アーバンライナー」での運用もある。 汎用特急車両及び30000系で運用される列車は基本的に4両で運用されることが多いが、ラッシュ時や繁忙期には編成両数が増加し、最大10両での運用が行われる。 また正月ダイヤを中心に大阪上本町 - 鳥羽間の列車に10両での運用が設定されることがある(鳥羽-賢島は特急停車駅のホーム有効長が8両までなので10両編成の場合は後部2両は鳥羽で切り離される)。 また名張以東では利用客数が低下することもあって、6両以上の列車は名張駅で後部編成を切り離して、名張以東を4両で運用する列車も多く存在する(鳥羽駅で切り離す列車も存在する)。 大阪上本町駅発着便は上本町、鶴橋の両駅で難波直通便と使用するホームが異なる(鶴橋駅) 沿革 本系統は1948年7月、軌間の相違から分割運転されていた名阪特急の大阪線側、上本町駅 - 伊勢中川駅間を宇治山田駅に延長する形で誕生している。 しかし、名古屋線の改軌完了後の1959年12月ダイヤ変更で名阪特急は統合され、従来は大阪 - 伊勢間が直通であった運行体系が、伊勢中川駅乗り換えのうえ、この時に新設された伊勢中川駅 - 宇治山田駅間の短区間特急と接続する形態に変更された。 翌1960年1月には名阪甲特急が鶴橋駅 - 近畿日本名古屋駅間をノンストップ運転化するため、伊勢中川駅を無停車化したことで伊勢連絡がなくなるため、上本町駅 - 宇治山田駅間に乙特急5往復が新たに設定された。 以後、の波に乗って運行本数も拡大され、1967年には甲特急も設定された(1970年までは週末のみ運行 )。 1994年の開業により甲特急を一部時間帯は1時間当たり片道2本とするなど増発が図られた が、その後のバブル崩壊による乗客減のほか、マイカー観光の増加など観光ニーズの多様化との終焉によって伊勢志摩観光の需要が低迷したため 、観光列車としての性格が強い甲特急は逐次本数が減少し、土休日の1往復を除いて運転取りやめになった。 名伊特急(名古屋 - 伊勢志摩間) [ ] 名伊特急運行路線図 名伊(めいい)特急は、名古屋と伊勢志摩を結ぶ系統で、近鉄名古屋駅 - 津駅・松阪駅・宇治山田駅・五十鈴川駅・鳥羽駅・賢島駅間で運行されている。 阪伊特急と同じく、甲乙両タイプが設定されている。 乙特急は伊勢中川駅で阪伊乙特急と連絡し、名阪間のフリークエンシーを高めている。 一部の列車は津駅で名阪甲特急に接続し、大阪と白子、近鉄四日市、桑名の各駅を連絡している。 列車本数は近鉄特急中最大である。 利用の多い上り朝時間帯と下り夕方時間帯に本数が多く、日中は上下片道それぞれ2本運行が基本である。 ただし近鉄名古屋駅から津駅までの移動であれば、運行区間が重複する名阪乙特急も本数に加わることから、1時間に3本、20分ヘッドの運行となる。 阪伊特急と同じく志摩線直通の列車と宇治山田駅または鳥羽駅止まりの列車が交互に設定され、後者で志摩線に向かう場合は志摩線直通の阪伊特急が連絡する。 上りも概ね同様の運行・連絡体系だが、日中の一部列車が五十鈴川駅始発化するなどの違いもある。 また下りの場合、志摩線直通便は19時台の運行で終了となり、以降は終着駅で各駅停車による接続となる。 深夜になるにつれて運行区間も短くなり、最終は津駅止まりである。 甲特急は近鉄名古屋駅と賢島駅間の運行で、土休日のみ1往復となっている。 下りは近鉄名古屋駅を9時25分、上りは賢島駅を14時40分に発車し、乙特急とは別枠で設定されている。 主要駅間の所要時間 近鉄名古屋駅 - 津駅間:約45分 - 52分 66. 5km 近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間:約1時間16分 - 1時間28分 107. 1km 近鉄名古屋駅 - 賢島駅間:約2時間2分 - 2時間12分 144. 8km 停車駅 甲特急 近鉄名古屋駅 - 津駅 - 伊勢市駅 - 宇治山田駅 - 鳥羽駅 - 志摩磯部駅 - 鵜方駅 - 賢島駅 乙特急 近鉄名古屋駅 - 桑名駅 - 近鉄四日市駅 - 白子駅 - 津駅 - () - 伊勢中川駅 - 松阪駅 - 伊勢市駅 - 宇治山田駅 - 五十鈴川駅 - 鳥羽駅 - 志摩磯部駅 - 鵜方駅 - 賢島駅• ( )は一部の列車が停車• 太字は始発・終着駅。 久居駅には朝の上りと夕方から夜間にかけての下りが停車する。 汎用特急車両の編成は需要の動向によっては変化する。 車椅子対応車両の連結位置も変化するか非連結の場合もある。 甲特急は23000系の限定運用である。 名古屋線内の特急停車駅のホーム長は最大8両までの対応となっているため、本系統の最大編成両数は8両までとなっている。 土日祝日ダイヤにて1日1往復の名伊甲特急に充当される23000系 沿革 本系統の設定は1960年1月だが、名古屋と伊勢を連絡すること自体は1948年7月から開始されている。 これは当時、軌間の相違から分割運転されていた名阪特急の名古屋線側(近畿日本名古屋駅 - 伊勢中川駅間)と、宇治山田駅まで延長された大阪線側の名阪特急を、伊勢中川駅で接続させることで名古屋と伊勢を連絡したものである。 1959年12月には名古屋線の改軌に伴い、分割運転していた名阪特急は統合のうえ、上本町駅 - 近畿日本名古屋駅間で直通運転が開始されたが、この時に設定された伊勢中川駅と宇治山田駅間を結ぶ短区間特急と接続させることで名伊連絡は存置された。 しかし、翌1960年1月、名阪甲特急の伊勢中川駅無停車化によって伊勢連絡がなくなったことによる代替として 、近畿日本名古屋駅 - 宇治山田駅間に乙特急5往復が新たに設定された。 従って、名阪・阪伊・名伊の3系統は設定の経緯からして密接に関係している。 1965年10月には甲特急も設定された(宇治山田行きのみ伊勢市駅停車、近畿日本名古屋行きは無停車)。 当初は5往復だったこの系統も、名古屋駅で旧国鉄との接点を持っていることから東海道新幹線の開業を機に自社路線の観光客引込みの手段として重要視され、また、中部経済圏の発展と共にビジネス需要の増加もあって増発を重ねた。 しかし、後述の「快速みえ」の設定をはじめモータリゼーションの進展、伊勢志摩観光の低調もあって輸送量はまでは低下傾向にあった。 快速「みえ」と名伊特急 [ ] 「」も参照 名古屋駅-鳥羽駅では、近鉄に並行するJR・に快速列車「」号が設定されている。 運行を開始した当初、下り列車は名古屋毎時10分発だったが 、2003年10月のダイヤ改正以降は名伊特急が設定されない名古屋毎時35分発、2013年3月以降は37分発(8時 - 17時)に運行されるパターンダイヤになっている。 なお、近鉄では名阪乙特急が近鉄名古屋駅を毎時30分に発車し、近鉄名古屋駅 - 津駅間にて競合するが、「みえ」は区間でを行なうため、津駅へは乙特急が先着する。 名古屋駅 - 津駅の運行頻度も近鉄特急が名阪特急と合わせて1時間あたり4本と多い。 料金面では、近鉄特急は全席指定で特急料金が必要であるのに対し、「みえ」は指定席を除いて乗車券以外の追加料金は不要であり、また伊勢鉄道線経由の運賃合算分を考慮に入れても近鉄特急より安くなる。 例えば、近鉄特急の近鉄名古屋駅 - 松阪駅間2,580円と比べて、快速みえは1,650円で930円下回る。 さらに「快速みえ得ダネ4回数券」 では、一枚当たりの金額が同一区間の近鉄運賃をも下回るため、近鉄特急のみならず急行にも対抗する。 京伊特急(京都 - 伊勢志摩間) [ ] 京伊特急運行路線図 京伊(けいい)特急は、と伊勢志摩を結ぶ特急列車で、 - 名張駅・松阪駅・宇治山田駅・鳥羽駅・賢島駅間で運転されている。 近鉄は大阪方面に新幹線との接続駅を持っていないことから、(、、)からの新幹線利用者およびJR在来線利用者に対する伊勢志摩への観光客輸送の使命を担っている。 名古屋線特急停車駅から大和西大寺駅・近鉄丹波橋駅・京都駅への連絡や、阪伊乙特急の実質増便の役目を負うほか、大和八木駅 - 間は大阪線と橿原線を結ぶ短絡線を走行することから、名阪乙特急と相互接続の際は大和八木駅2階の大阪線ホーム上での乗換を可能としている。 運行形態は、下り(京都から伊勢志摩方面ゆき)は京都駅を朝8、9時台、夕は16、17時台に出発する各1本ずつで、上りは京都駅に9時前、10時半頃、17時半頃、18時半頃に到着する上下合わせて4往復が設定され、平日は京都駅に朝7時台に到着する上りが1本、土休日は京都駅を朝7時台に出発する下り1本と京都駅に11時半頃に到着する上り1本が加わる。 主要駅間の所要時間 京都駅 - 宇治山田駅間:約2時間2分 - 2時間9分 157. 5km 京都駅 - 賢島駅間:約2時間47分 - 2時間50分 195. 2km 大和西大寺駅 - 宇治山田駅間:約1時間32分 - 1時間36分 122. 「ビスタEX」は汎用特急車両を増結する場合もある• 汎用特急車両のみの運行も存在する。 汎用特急車両の編成は需要の動向によっては変化する。 ( )は一部の列車が停車• 太字は始発・終着駅。 高の原駅には松阪駅始発の朝の上り1本と平日の名張駅始発の朝の上り1本と京都駅を夕方に発車する下り2本が停車する。 西ノ京駅には土休日の宇治山田駅始発の朝の上り1本のみ停車する。 榛原駅には平日の名張駅始発の朝の上り1本のみ停車する。 榊原温泉口駅には朝の上り列車(平日2本、土休日3本)が停車する。 使用車両・編成 汎用特急車両のほか、23000系「伊勢志摩ライナー」が投入される列車もある。 列車編成は、京都線を走行する関係上、最大6両までとなっている。 沿革 本系統は後述する京橿特急と同様、東海道新幹線の高速輸送によって、関東の旅客を近鉄沿線の観光地へ呼び込むことを目的として1966年12月に設定された。 運転開始当初は2往復を設定。 京橿特急が大和八木駅で阪伊特急との乗り換えの不便をかこっていたのに対し、本系統は乗り換えなしの直通運転とすることを狙いとした。 しかし、京都線・橿原線と大阪線・山田線で架線電圧が異なり、車両限界も異なっていたため、専用の狭幅18m級車体を備えたであるが用いられた。 設定当初は単独運転となっていたが 、大阪線の区間の運行可能本数の制限から、大阪線系特急が増発され、京伊特急も5往復に増発された翌1967年12月より大和八木駅 - 宇治山田駅間について阪伊乙特急との併結運転に変更された。 開通に伴う大阪線全線複線化完成によって輸送力に余裕が生じた1976年3月より再び単独運行に戻され 、同時にほぼ全ての便が大和八木駅 - 松阪駅間無停車となり、甲特急と乙特急の中間的な性格を有する列車となった。 その後の需要低迷により2003年3月より名張駅と伊勢中川駅に全ての列車が停車するようになり、閑散時間帯の一部列車について大和八木駅 - 賢島駅間で阪伊乙特急との併結が27年ぶりに復活した。 併結列車については榛原駅・伊賀神戸駅・五十鈴川駅にも停車した。 2012年3月20日のダイヤ改正から、全列車が五十鈴川駅に、朝の上り1本と夕方の下り1本がに停車をしている。 また、このダイヤ改正でこの系統が大幅に削減(朝夕に計4往復のみの運行で、昼間時は京橿特急へ変更し、大和八木で阪伊乙特急に接続)され、阪伊乙特急との併結運転も取りやめとなった。 1970年の賢島駅直通以降の運行距離は195. 2kmで、全系統中最長であるが 、日中1時間ヘッドの時代においてさえ京都と伊勢志摩を直通する旅客は稀で、京都 - 奈良間、奈良県と三重県、愛知県(大和八木駅乗り換え)間の利用客がメインであった。 観光特急「しまかぜ」(大阪・京都・名古屋 - 伊勢志摩間) [ ] プレミアムシート車両 運休日を除く週6日運転(ただし春休み・夏休み・ゴールデンウィーク・年末年始時は毎日運転。 一方で車両の全般検査時には長期運休を実施)で大阪難波駅・京都駅・近鉄名古屋駅 - 賢島駅間を各1往復している。 運休日は原則的に大阪難波駅発着は火曜日、京都駅発着は水曜日、近鉄名古屋駅発着は木曜日となっている。 「しまかぜ」に乗車する場合、特急料金の他に、個室を利用する場合は「しまかぜ」特別車両料金に上乗せする形で個室料金が必要である。 3便とも下りは10時台の出発で、伊勢神宮外宮最寄り駅の伊勢市駅、宇治山田駅には12時前後、賢島駅には13時前後の到着となり、上りは各終着駅に17 - 18時台の到着となる。 これは新幹線で連絡の場合、東京や広島では朝は8時頃出発、夜は20時前に到着可能な時間設定であり、博多方面でも早朝6時台の新幹線「のぞみ」を利用すれば京都駅および名古屋駅で「しまかぜ」に連絡しており、逆方向も当日中の到着が可能である。 車内で最もスタンダードな座席のでも横に3列配置では1,250mm、座席に本革を使用のうえレッグレストとマッサージ機能を装備するなど、JRのを凌ぎに迫るハイレベルな構成となっている。 また、1号車と6号車は(床面が平床車よりも72cm高い)で天井部まで窓が周り込む展望車両である。 そのほか、個室が2部屋(洋風と和風タイプを用意)、のサロン席が3ボックス(1ボックス4人以上6人までの利用が可能)用意される。 また、観光特急であることからそれに相応しいサービスが実施されている。 専属アテンダントが4名乗車のうえ、乗客の出迎え、見送りをはじめ、車内販売や記念乗車証・おしぼりの配布を行う。 この他、カフェにおいて「海の幸」や「」、「海の幸皿うどん」、、伊勢志摩オリジナルのやが提供される。 一部のメニューはカウンターで購入後、プレミアムシートで味わうことも出来るほか、各個室ではも実施する。 主要駅間の所要時間 大阪難波駅 - 賢島駅間:約2時間20分 176. 9km \大阪難波駅 - 宇治山田駅間:約1時間55分 139. 2km 京都駅 - 賢島駅間:約2時間50分 195. 2km \京都駅 - 宇治山田駅間:約2時間5分(157. 5km 近鉄名古屋駅 - 賢島駅間:約2時間 144. 8km \近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間:約1時間20分 107. 1km 停車駅 阪伊系統 大阪難波駅 - 大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - 大和八木駅 - 伊勢市駅 - 宇治山田駅 - 鳥羽駅 - 鵜方駅 - 賢島駅 京伊系統 京都駅 - 近鉄丹波橋駅 - 大和西大寺駅 - 大和八木駅 - 伊勢市駅 - 宇治山田駅 - 鳥羽駅 - 鵜方駅 - 賢島駅 名伊系統 近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅 - 伊勢市駅 - 宇治山田駅 - 鳥羽駅 - 鵜方駅 - 賢島駅• 太字は始発・終着駅。 甲特急と同格・千鳥停車の関係にあり、阪伊・名伊甲特急が通過する大和八木駅と近鉄四日市駅が停車駅になっているほか、全ての甲特急が停車しているとは通過する。 「しまかぜ」 京橿・京奈・阪奈特急の運行路線を一括表示 京橿(けいかし)特急は、京都と中部のを結ぶ列車で、京都駅・大和西大寺駅 - 間を運行している。 本系統は京都駅における新幹線、JR在来線との接続の他に、近鉄丹波橋駅において沿線(・・など)との接続を図る ほか、を、、への歴史・観光施設散策への利便性の観点から日中時間帯に限って停車させている。 大和八木駅では阪伊、名阪乙特急と接続して三重県、愛知県の各都市および観光地と連絡し、橿原神宮前駅では吉野特急と接続のうえ近鉄線内の各都市から、等の一帯への観光輸送の橋渡しとしての役割を担っている。 終日毎時2本運行が基本である。 ただし、朝夕の京伊特急が運行される時間帯は、京都駅 - 大和八木駅間で運行区間が重複するため、1時間間隔となる。 なお、一部は京都線内には入らず、大和西大寺・橿原神宮前間のみを運転する列車もある。 主要駅間の所要時間 京都駅 - 橿原神宮前駅間:約55分 58. 4km 京都駅 - 大和八木駅間:約50分 55. 1km 京都駅 - 大和西大寺駅間:約30分 34. 6km 停車駅 京都駅 - 近鉄丹波橋駅 - (高の原駅) - 大和西大寺駅 - (西ノ京駅) - 大和八木駅 - 橿原神宮前駅• ( )は一部の列車が停車• 太字は始発・終着駅。 高の原駅は大和西大寺駅を始発から9時35分までに発車する上り列車と京都駅を15時以降に発車する下り列車が停車する。 西ノ京駅は日中の列車が停車する。 使用車両・編成 汎用特急車両のみの運用となっている。 通常は4両で運用されることが多いが、列車によっては6両で運用されるものもある。 汎用特急車両4両編成 薬師寺西塔の傍らを駆け抜ける京橿特急 沿革 1964年10月1日に運行開始、当初は6往復が設定された。 この系統は、関東から東海道新幹線で来た客を京都駅乗換えのうえ近鉄沿線の観光地に呼び込み、名阪間における旅客の減少分をカバーすることを狙いとした。 また、大阪線・名古屋線・山田線以外の線区で初めて設定された系統でもあり、従来が都市間輸送をメインとする運行体系の近鉄特急を、都市と観光地を連絡することに方針転換させると同時に、以後拡大していく特急ネットワークの端緒ともなった。 翌年には、後述する吉野特急の新設に伴って、橿原神宮前駅接続のうえ、吉野・方面への連絡輸送も開始された。 2012年3月20日のダイヤ改正から6年間は、昼間の一部列車が京奈特急と併結して運転していた。 同時に日中の京伊特急廃止を補完するため毎時1本から毎時2本に増やした。 汎用特急車両の編成は需要の動向によっては変化する。 車椅子対応車両の連結位置も変化するか非連結の場合もある。 後述する阪奈特急と同様、京都駅 - 近鉄奈良駅間39. 0kmという短距離を運行する特急であるが、こちらは京都市・奈良市の二つのを結ぶことから、観光的側面や東海道新幹線を利用した客を奈良方面へ輸送する側面が強く 、終日ほぼ毎時2本運行している。 運行区間の大部分となる京都駅 - 大和西大寺駅間は、京橿、京伊の両特急と重複することもあって、特急の運行密度が最も高い時間帯で1時間で4本、10 - 20(平均15)分間隔となる。 主要駅間の所要時間 京都駅 - 近鉄奈良駅間:約35分 39. 0km 近鉄丹波橋駅 - 近鉄奈良駅間:約30分 33. 0km 停車駅 京都駅 - 近鉄丹波橋駅 - (高の原駅) - 大和西大寺駅 - 近鉄奈良駅• ( )は一部の列車が停車• 太字は始発・終着駅。 高の原駅は大和西大寺駅を始発から9時35分までに発車する上り列車と、京都駅を15時以降に発車する下り列車が停車する。 使用車両・編成 汎用特急車両をメインとするが、この系統は京伊特急と京橿特急のへのを兼ねていることから 京伊特急に充当される23000系「伊勢志摩ライナー」が本系統の運用に入る。 汎用特急車両を使用する列車は、前述の京橿特急と同様に4両での運用が中心となっているが、時間帯によっては2両または6両で運用される列車も存在している。 やを背後にして走る京奈特急( - 間) 沿革 京橿特急より2か月遅れの1964年12月1日から運転を開始した。 京橿特急の京都駅における2時間の運用間合を活用するための設定で、当初は5往復であった。 後述の阪京特急運転時は、京奈特急のダイヤ枠の一部が阪京特急に振り替えられていたが、同列車は1992年に廃止された。 2012年3月20日のダイヤ変更から6年間は昼間の一部列車が京都駅 - 大和西大寺駅間を京橿特急と併結して運転していた。 これにより日中は毎時1本の単独列車と毎時1本の併結列車による1時間2本運転となった(変更前は単独列車のみの毎時2本)。 併結列車は大和西大寺駅での増解結作業の影響でダイヤ変更前と比べて約5分所要時間が延びていた。 2018年3月17日のダイヤ変更で併結運転が解消され単独列車のみの毎時2本に戻った。 なお、長年全列車が京都駅 - 近鉄奈良駅間での運転となっていたが 、2018年のダイヤ変更で45年ぶりに京都駅 - 大和西大寺駅間の特急が土休日に1往復設定された(大和西大寺行きは2020年3月14日のダイヤ変更で近鉄奈良行きに延長され消滅)。 汎用特急車両の編成は需要の動向によっては変化する。 車椅子対応車両の連結位置も変化するか非連結の場合もある。 その運行距離32. 8kmの短さから所要時間は35分前後で、同区間を走る及びと比べても大差はない。 また、フリークエンシーも後者が10分間隔で圧倒的であることから、特急の存在意義は着席保証とハイグレードサービスに限定される。 また、当区間は通勤路線としての性格も大きいことから、この系統はとしての色彩も強い。 運行スタイルは平日と土休日では大きく異なる。 平日は下り(大阪から奈良方面ゆき)が朝の1本を除いて全て夕刻から夜間の運行で、上りは朝10時台までと夕刻から夜間に設定されている。 土休日は下りが朝の1本と昼以降は概ね1時間間隔、上りは終日概ね1時間間隔となる。 また、下りの夜間は平日、土休日を問わず概ね30分間隔の運行となる。 特に平日では終電に近づくほどに運行間隔が短くなるのが特徴で、大阪難波駅基準では22 - 23時台が毎時3本ずつと、1日の中で最も本数が多くなり、22時45分から23時40分にかけては15 - 20分間隔での発車となる。 阪奈特急の設定されない時間帯には快速急行や急行が大阪難波駅(および阪神線) - 近鉄奈良駅間の速達輸送の役目を担っている。 主要駅間の所要時間 大阪難波駅 - 近鉄奈良駅間:約35分 32. 8km 大阪難波駅 - 生駒駅間:約20分 20. 3km 停車駅 大阪難波駅 - 大阪上本町駅 - 鶴橋駅 - - - 大和西大寺駅 - 近鉄奈良駅• 太字は始発・終着駅。 使用車両・編成 汎用特急車両を運用のメインとするが、この系統は阪伊特急と名阪特急の一部車両の西大寺車庫への車両回送を兼ねていることから 、21000系「アーバンライナー」や23000系「伊勢志摩ライナー」が本系統の運用に入る。 2020年3月14日からは新型車両80000系「ひのとり」が1往復充当されている。 汎用特急車両で運用される列車の内、平日早朝の上り1本は10両で運用されている。 吉野特急運行路線図 吉野(よしの)特急は、大阪と奈良県中部の吉野町を結ぶ列車で、 - 橿原神宮前駅・間で運転されている。 ・は、歴史的経緯 からが1067mm()で、ほかの特急が走る路線の1435mm()と異なっているため、直通運転ができず運行系統上は独立している。 大阪方面から橿原神宮・飛鳥(明日香)・吉野・・(大和上市駅または下市口駅下車バス連絡) への観光客輸送と、前述した京橿特急との連絡輸送、そして通勤輸送を担っている。 吉野線に入らない南大阪線内区間運転の列車も吉野特急と称する。 概ね30分間隔で運行されるが、11時台から14時台の日中は1時間間隔となる。 ただし多客期は終日30分間隔となる。 橿原神宮前駅 - 吉野駅間は吉野線の前身である開業以来の急峻な山岳線であり、急カーブと勾配の連続するであることから 、その所要時間は同区間の急行の最速列車と比べて大差はない(日中の標準的な所要時間差は約15分に拡大)。 主要駅間の所要時間 大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間:約1時間15分 64. 9km 大阪阿部野橋駅 - 橿原神宮前駅間:約35分 39. 7km 橿原神宮前駅 - 吉野駅間:約40分 25. 2km 停車駅 大阪阿部野橋駅 - () - - - 橿原神宮前駅 - - - - - - - - - 吉野駅• ( )は一部の列車が停車• 太字は始発・終着駅。 古市駅は朝のラッシュ時の上りと夜間の下りの列車が停車する。 「さくらライナー」4両編成 大阪阿部野橋ゆきは京橿特急と連絡する(橿原神宮前駅) 沿革 前述の京橿特急と同様のコンセプトで設定された系統であり、東海道新幹線の出現により都市間連絡から都市対観光地を結ぶ方針に力点を移す過程で設定されたのが本系統である。 当初は新幹線開業日より運行開始された京橿特急と同時に設定される予定だったが、当時大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間で運行されていた快速「かもしか」(1961年までは不定期特急)のでは、性能はもとより接客設備の面でも有料特急のネットワークにはめ込むには無理があったため、翌1965年のの竣工を待ったうえでの運行とされた。 こうして同年3月18日より1日6往復(うち不定期列車3往復)で運転を開始し、全列車が橿原神宮駅(現・橿原神宮前駅)で京橿特急と連絡することで特急ネットワーク拡充の一端を担った。 以後、車両増備に伴って増発され、現在に至るまでに概ね30分ヘッドで運行されている(閑散期の日中は1時間ヘッド)。 運転開始当初の途中停車駅は、橿原神宮駅・下市口駅・大和上市駅・吉野神宮駅の4駅のみであったが 、吉野地区への観光客の減少による飛鳥・葛城地区での新たな観光需要の掘り起こしや、通勤需要をはじめとする日常的利用者の増加のため平成に入ってから停車駅が次々と追加され、1999年ので11駅(2012年のダイヤ変更で一部列車は12駅)となり、特に吉野線内においては半数以上の駅に停車する形態となった。 このため大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間の最速列車の到達時間は、運転開始当初の68分から76分に伸びた。 この改正を機に南大阪・吉野線内利用の場合に限り特急料金の距離加算をやめ、一律500円(現在は520円)とした。 改正前は大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間の全線を乗車した場合、870円(当時)であったが大幅に値下げされた。 観光特急「青の交響曲」(あおのシンフォニー)(大阪 - 吉野間) [ ] 運休日を除く週6日運転(ただし春休み・夏休み・ゴールデンウィーク・年末年始時は毎日運転)で大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間を2往復している。 運休日は原則的に水曜日となっている。 ただし「しまかぜ」とは異なり、運休日であっても一般特急車により同時刻・同停車駅で代走運転を実施する。 なお、この場合は「青の交響曲」の愛称は付かない。 「青の交響曲」に乗車する場合、特急料金の他に「特別車両料金」が必要である。 停車駅 大阪阿部野橋駅 - 尺土駅 - 高田市駅 - 橿原神宮前駅 - 飛鳥駅 - 壺阪山駅 - 吉野口駅 - 福神駅 - 下市口駅 - 六田駅 - 大和上市駅 - 吉野神宮駅 - 吉野駅• 太字は始発・終着駅。 使用車両・編成 を改造した16200系が導入されている。 臨時運行の系統 [ ] 天理発着臨時特急 [ ] 月次祭(毎月26日)やその他天理教の祭事時に、として京都駅・近鉄名古屋駅からのまで臨時特急列車が設定される。 天理線内は起点の平端駅を含めて通過(ただし近鉄名古屋駅発着列車のみ方向転換のための平端駅での運転停車は行う)、他路線では京橿特急・名阪乙特急の停車駅に準ずる(京都駅発着列車は平日の下り列車を除いて西ノ京駅にも停車する)。 京都駅発着列車は一般乗客も利用可能であるが、近鉄名古屋駅発着の列車は建前上は団体専用列車扱いで一般客の乗車はできないことになっており、列車自体も近鉄名古屋駅 - 大和八木駅で名阪乙特急と併結する。 なお、近鉄名古屋駅発着の列車は2020年3月のダイヤ変更以降は運転がなくなっている。 湯の山特急 [ ] 22000系使用のサマーライナー 大阪・名古屋と北西部に位置するを結ぶ列車で、新幹線開業を契機とした特急ネットワーク拡充の一環として7月に運転を開始し 、近鉄難波駅(現・大阪難波駅)・近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅 - 間を運行していた(1983年以前は原則として上本町駅(現・大阪上本町駅)発着)。 総称は湯の山特急であるが、発着地により区別する必要があるときは、大阪・名古屋・四日市発着のそれぞれについて、阪湯特急・名湯特急・四湯特急と呼称されていた。 1971年12月8日からは近鉄四日市駅付近の高架化工事により、への直通を一旦中止して湯の山線内のみの運転(同改正当時5往復)となったが、高架工事が1973年に完成後、その翌年の1974年9月20日より上本町駅発着1往復、近鉄名古屋駅発着1往復(土休日は2往復)が単独運行で再開した。 この頃が最盛期であり、1976年のダイヤ変更までの間、全系統合わせて平日6往復・土休日7往復運行されていた。 なお、運転開始から1967年までと1974年の直通再開から1980年までの間、大阪発の湯の山特急は名阪乙特急のスジを利用した単独運転であった。 1980年には名阪乙特急のスジから独立して単独運転となった後、1983年から1998年まではそれまでの上本町駅発着から近鉄難波駅発着となり、名阪乙特急との併結運転のうえ、湯の山線が分岐する近鉄四日市駅の構内配線の都合上、白子駅で分割・併合していた。 1974年以降、名古屋行きの列車は名湯特急として独立した運行ダイヤを組んでいた。 近鉄名古屋始発は1983年に廃止され 、以後1997年まで湯の山温泉発近鉄名古屋行き1本のみであった。 湯の山観光の足として長きにわたって親しまれたが、・開通による観光客のマイカーへの転移もあって、次第に利用客が減少し、末期の2002年3月には近鉄四日市駅 - 湯の山温泉駅間の線内のみを土休日に限り2往復するという運行形態(ただし、近鉄四日市駅で名阪乙特急と接続する)となったが 、乗客数の減少はいっそう進み、3月のダイヤ変更をもって廃止となった。 には開通50周年と指定40周年を記念し7月下旬から8月上旬の土日祝日計9日間に近鉄名古屋駅 - 湯の山温泉駅間で臨時特急が運転された。 また、にも「湯の山温泉サマーライナー」として同じく7月下旬から8月上旬の土日祝日計9日間に近鉄名古屋駅 - 湯の山温泉駅間で臨時特急が運転された。 車両は2008年・2009年ともに、が2両編成で運転された。 、も同様に運行され、が2両編成で使用された。 2012年の「湯の山温泉サマーライナー」は運行日が7月中旬から8月下旬までの毎週土曜日計7日間に変更し、車両も2両編成に変更された。 以降、2017年まで毎年「湯の山温泉サマーライナー」が運行されたが、2018年以降は設定がなくなった。 には1月中旬から2月下旬の土日計9日間に近鉄四日市 - 湯の山温泉間(片道のみ)で臨時特急「樹氷ライナー」が運転された。 は運行されなかった。 大晦日終夜運転 [ ] 阪伊(桜井駅停車)の初詣特急に充当の30000系(宇治山田駅) 近鉄では沿線各地にある神社や仏閣へのを目的に、毎年を実施しており、併せて特急も運転している。 後半以降は運転本数が減少傾向となっている。 2013年大晦日現在では以下の系統で運行されている。 阪伊特急 大阪方面行の一部の列車がに臨時停車する(伊勢方面行は停車しない)。 甲特急タイプの列車は2012年大晦日以降は設定がなくなっている。 最寄りの始発の列車もある。 また、23000系や21000系・21020系での運用もある。 のカウントダウンイベントがあった1994年 - 2010年の大晦日(2004年を除く)は賢島駅まで運行されていたが、2011年以降はイベントが中止されたため鳥羽駅が南限となっている。 名伊特急 30分 - 1時間間隔で運転され、現在では全て乙特急の停車駅となっている。 1990年代は近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間で近鉄四日市駅・津駅・伊勢市駅のみに停車する速達列車もあった。 京伊特急 2008年大晦日以前は全列車単独運転だったが、それ以降は阪伊乙特急との併結運転を行っている。 2012年大晦日以降は定期列車では見られなくなった併結運転が終夜運転時のみ実施され、従来停車していた榛原駅・伊賀神戸駅の他に榊原温泉口駅・高の原駅にも停車している。 また早朝には鳥羽発京都行が運転される。 には、の定期特急停車以前から終夜運転時のみ停車していた(京橿特急・京奈特急も同じ)。 京橿特急・京奈特急 2018年大晦日現在、両系統は京伊特急の間合い運用の側面が強く、本数にばらつきがある(奈良発京都行は毎時1本、その他は終夜運転時間帯を通じて1 - 2本)。 高の原駅には、2012年大晦日以降停車している。 吉野特急 大阪阿部野橋駅 - 橿原神宮前駅間のみ運行される。 には、の一部の定期特急停車以前から終夜運転時のみ停車していた。 なお、名阪特急は運行されないが、での乗り継ぎで名阪間の移動は可能である。 1990年代までは、阪奈特急も運行されていた。 過去に運行されていた系統 [ ] 奈伊特急 [ ] 奈伊(ない)特急は、奈良市と伊勢志摩を結ぶ列車で、3月に1往復のみ設定された。 京都駅 - 伊勢志摩間を走る京伊特急の起点駅を近鉄奈良駅に変更した以外は京伊特急とほぼ同一の運行形態であった。 またその線路配置の関係で、後述する阪京特急と同じく大和西大寺駅で方向転換を行った。 京伊特急同様、大和八木駅 - 賢島駅間は阪伊乙特急と併結して運行された。 11月7日に京伊特急に統合されて廃止された。 以降は近鉄奈良駅から伊勢方面に直通する特急列車は設定されていない。 阪京特急 [ ] 阪京(はんけい)特急は、大阪と京都市を結ぶ列車で、近鉄難波駅(現在の大阪難波駅) - 京都駅間で運転し、に設定された。 奈良線の布施駅 - 大和西大寺駅間では初の有料特急列車であり、大和西大寺駅で方向転換を行った。 時点では奈良線内では阪奈特急と合わせて1時間間隔で設定されていた。 その後1976年3月のダイヤ変更で奈良線・京都線内とも独立した時刻での設定となった 後、1980年3月のダイヤ変更での京都線15分ヘッド化以降は京都発の時刻は京奈特急のそれ(0分または30分)に合わせられていた(下記の例外である末期の21時15分発を除く)。 なお、奈良線内では阪奈特急とは別時刻で運行され、阪京特急運行時は1時間当たり2本の特急となっていた。 当時国鉄のが同等の区間を29分(京都駅 - 間)、阪急の特急が40分弱( - 間)、京阪の特急が46分( - 間)で走破していたのに対し、同特急は近鉄難波駅 - 京都駅間に58分 - 62分を要していたが、京都からや大阪へは唯一の直通列車であった。 1984年時点の近鉄時刻表によると、基本的には昼間時に2往復と夕方ラッシュ時に1往復のみ運転していたが、末期の1990年3月15日ダイヤ変更時の近鉄時刻表では、京都駅発の片道1本が夕方ラッシュ時の19時発より夜間時間帯の21時15分発に繰り下げられていたことが確認できる。 阪奈特急と京奈特急に系統分割される形で変更で消滅した。 伊勢中川 - 宇治山田間特急 [ ] 名古屋線改軌後の1959年12月12日変更で、特急の系統を上本町 - 宇治山田間と伊勢中川 - 近畿日本名古屋間から上本町 - 近畿日本名古屋間の直通運転に再編した際、宇治山田駅への接続を維持するため、山田線内のみを運転する列車として、伊勢中川 - 宇治山田間の特急が設定された。 翌1960年1月20日変更で、従来の名阪特急については伊勢中川駅を運転停車に変更したが、代わって名阪間の準特急(のちの乙特急)が登場し、伊勢中川駅から宇治山田駅への接続用として引き続き設定された。 この時点での停車駅は松阪・伊勢市(宇治山田行のみ)で2往復運行され、所要時間は24 - 26分であった。 1963年3月21日変更で名阪乙特急が中川短絡線経由となったことにより廃止された。 過去に臨時運行されていた系統 [ ] 名奈特急 [ ] 名奈特急は名阪特急と併結運転を実施する。 最後尾2両が大和西大寺ゆき 名奈(めいな)特急は、名古屋市と奈良市を結ぶ臨時列車であった。 当初はに伴い、近鉄名古屋駅 - 大和西大寺駅間にて、会期中の土曜・休日(運休日あり) に1往復運転された。 同祭終了後の2011年以降も春・秋季の土曜・休日を中心に臨時列車として継続的に運転され 、2011年4月以降の設定分からは西ノ京駅が新たな停車駅に加わった。 上記の天理発着臨時特急と同じく、近鉄名古屋駅 - 大和八木駅間は名阪乙特急と併結していた。 車両は、2両編成の Ace が限定で使用された。 しかし、2016年3月19日ダイヤ変更では、設定が取り止めとなった。 系統同士の乗り継ぎについて [ ] 大阪難波ゆき名阪特急(左)と京都ゆき京伊特急(右奥)が大和八木駅で連絡 近鉄特急のネットワークを最も強く体現するのが、異なる系統同士の組み合わせによる移動の自由度およびフリークエントサービスの高さである。 既述の名伊特急と阪伊特急(伊勢中川駅乗り換え)の組み合わせによって、名阪乙特急の代替とすることはその一例で、通常1時間に1本しかない名阪乙特急も、この2系統の組み合わせによって時間あたり3本の移動のチャンスを提供される。 それによって、三重県北中部と奈良県北部の都市間移動のフリークエンシーが向上する。 そして伊勢中川駅発車後、この名伊特急は鳥羽駅で同駅止まりの阪伊特急と連絡して志摩線直通を行い、一方の大阪ゆき阪伊特急は大和八木駅で京橿特急と接続して奈良、京都方面へ連絡する。 名古屋、伊勢志摩、橿原神宮前など異なる地域を発車した各特急は接続となる駅で有機的に絡み合っている。 乗り継ぎ駅は、伊勢中川、大和八木、橿原神宮前、大和西大寺の各駅以外にも、宇治山田、鳥羽、津などジャンクション以外の駅も対象となる。 この時、乗り継ぐ列車ごとに1枚ずつ特急券を発券しては利便性を損ねるため、3回乗り継ぎ4列車まで1枚の特急券にまとめて表記し、心理的に1本の列車で移動する感覚を持ってもらうよう配慮している。 また、乗り継ぎにおいて、特急料金の計算を各列車毎ごとの計算ではなく、全区間通しの距離で計算する「キロ通算特急料金」を採用している。 例えば、桑名駅から大和西大寺駅の移動にて、途中、伊勢中川と大和八木の両駅乗換えの場合、各列車ごとの計算では、桑名駅 - 伊勢中川駅間920円、伊勢中川駅 - 大和八木駅間920円、大和八木駅 - 大和西大寺駅間520円で、合計2,360円となるが、通算の場合は、桑名駅 - 大和西大寺駅間149. 7km、特急料金に換算すると1,640円で、これにより720円分負担が軽減される(詳細は以下「料金制度」を参照のこと)。 料金制度 [ ] 特別急行料金 [ ] 近鉄では現在、すべての特急列車で のほかに(特急券)を要する。 特急券は原則乗車日の1か月前(前月の同一日、該当する日がない場合は当月1日。 例:10月31日分の発売は10月1日)の10時30分から発売される。 ただし、例外的に年始の特急券は発売となる(年によって異なるが1月5日 - 8日分までの発売)。 特急料金は通年同額で、繁忙期、閑散期の区別はない。 また、全席指定のため自由席の設定や、それに絡めた値引き制度もない。 各種特急券 画像左:乗車券付特急券(しまかぜ特別車両券併用) 画像右:特急券のみのタイプ(特別車両券併用) 特別急行料金(こども半額) 2019年10月1日現在 ゾーン キロ程 特別急行料金(円) 1 1 - 40 520 2 41 - 80 920 3 81 - 140 1,340 4 141 - 180 1,640 5 181 - 1,930 ただし、・の線内相互間のみ利用の場合は、キロ程にかかわらずゾーン1(520円)となる。 特別車両料金(デラックスカー) [ ] キロ数に応じて値段が異なる(こども半額)。 アーバンライナー・伊勢志摩ライナー・さくらライナーに設置。 青の交響曲は全車特別車両。 ビスタEXのグループ専用席 実際の利用人数に応じた料金で利用可能。 また、ツインシートは2人、サロンシートは3人以上(子供を含む)の料金・運賃を支払えば、人数以下でも乗車できる(こども料金の適用や他の特急との乗り継ぎも可能。 例えば、サロンシートを大人2名で利用する場合は、大人2名の特急料金と乗車券に加え、子供1名分の特急料金と乗車券で乗車が可能)。 グループ専用席 ビスタEXの2階建車両の階下席を3 - 5名用のグループ専用席として発売する。 グループ全員が同じ区間を利用し、特急券も1枚にまとめられる場合に発行。 「しまかぜ」の特別車両料金 [ ] 「しまかぜ」の各座席では、前述の特急料金のほか、以下の表に示す「しまかぜ」特別車両料金が必要となる。 また、和風個室・洋風個室(1編成あたり各1箇所/いずれも定員は4名で、3名もしくは4名で発売)を利用の場合は人数分の特急料金・「しまかぜ」特別車両料金に加えて個室料金(1室あたり1,050円)が必要となる(和風個室・洋風個室は乗車区間が大和八木駅 - 伊勢市駅間または近鉄四日市駅 - 伊勢市駅間を含む場合に限り利用可能)。 なお、サロン席(1編成あたり3箇所あり、1箇所あたりの定員は6名で、4名以上で発売)は人数分の特急料金・「しまかぜ」特別車両料金で利用できる。 左から「しまかぜ」の座席(プレミアムシート)、個室(洋風タイプ)、サロン席 「しまかぜ」特別車両料金(こども半額) 2019年10月1日現在 ゾーン キロ程 特別車両料金(円) 1・2 1 - 80 740 3 81 - 140 820 4 141 - 180 1,050 5 181 - 1,160 「ひのとり」の特別車両料金 [ ] 「ひのとり」の各座席では、前述の特急料金のほか、以下の表に示す「ひのとり」特別車両料金が必要となる(こども半額)。 名阪間のみならず阪奈特急での運用時も同様。 「ひのとり」特別車両料金(こども半額) 2020年3月14日現在 ゾーン キロ程 レギュラー車両料金(円) プレミアム車両料金(円) 1 1 - 40 100 300 2 41 - 80 100 400 3 81 - 140 200 600 4 141 - 180 200 800 5 181 - 200 900 複数列車を乗り継ぎ通算のうえ1枚で発行した特急券の例 補足 [ ] 特急の乗継 1966年1月20日の運賃ならびに特急料金改正以降は、事前に特急券を購入する時に限られるが、他系統の特急同士を30分以内に乗り継ぐ場合は、料金は通算する(乗り継ぎの回数は問わない)。 なお、座席予約システム上3回の乗り換えで4列車まで(券売機やインターネット予約では2回の乗り換えで3列車まで)を1枚の特急券で発売可能としている。 ただし、しまかぜ同士で乗り継ぐ場合は乗り継ぎ料金は通算されない。 も参照。 遅れの場合 事故や天災その他によるダイヤの乱れで到着が所定より1時間以上遅れたり、発車が1時間以上遅れて利用を止めた場合は、特急料金が全額払い戻される。 ただし、回数特急券や特急カードの場合は指定取消の処置を採る代わりに払い戻しは一切しない。 定期券での特急利用 近鉄特急は全列車(観光特急「しまかぜ」「青の交響曲」を含む)で普通乗車券の代替として定期乗車券(定期券)の利用を認めている。 特急券の発売箇所 [ ] 定期券・特急券自動発売機 近鉄の駅 [ ] 原則として以下に該当する駅で行われている。 購入方法は特急券窓口ではクレジットカードの利用が可能で、特急券を扱う自動発売機では現金のみの対応であるが、2018年3月20日からは一部のタイプを除く特急券発売機でクレジットカードや交通系ICカードを使用することができる。 特急停車駅 窓口および自動券売機で発売(ただし、のみ窓口業務をJR西日本が行っている関係上、直近の大阪阿部野橋行のみホームの券売機で発売)。 また、特急停車駅のうち28駅ではホームなどにも自動券売機が設置され、快速急行以下の列車から乗り換える際の便宜を図っている。 窓口で購入する場合は、行き先のみ係員に告げるだけで購入できるが、列車を選ぶ場合は発車時刻も告げる(例:「50分の鳥羽」)。 そのほか、乗車人数や座席種別、窓側通路側、禁煙喫煙、乗車日等の指定があれば告げる。 なお、特急列車同士の乗継はコンピューターが自動検索のうえ発券するため 、JRのように乗客が乗継先の特急の時刻まで調べて係員に告げる必要はない。 従って、この場合も行き先だけを告げればよい。 定期券即時発売駅 窓口および自動券売機で発売(ほとんどの窓口は定期券発売窓口と兼用)。 旅行会社 [ ] 以下16社の旅行会社で近鉄の特急券や乗車券を取り扱っている。 、、、、、、南海国際旅行、、、、、、、、共立観光 近鉄以外の私鉄の駅 [ ] 近鉄であった時代からの窓口には近鉄の特急券発券システム「ASKAシステム」が設置されており、移管後も継続して発売されている。 でも、が延伸開業し近鉄と直通運転を開始した2009年3月20日より、で近鉄特急券の取り扱いを開始し、特急券と乗車券の発行を行っている。 当初は駅長室の窓口に「ASKAシステム」を設置していた が、現在は駅改良工事により西口の定期券売り場に移設しており、ここで取り扱っている。 発売時間は平日7:30 - 20:00、土・休日7:30 - 18:00。 かつては、の駅であったにも設置されていた。 車内 [ ] 特急券を購入せずに乗車した場合、車内で車掌から座席無指定(着席保証なし)の特急券を購入する必要がある。 空いた席への着席は黙認されるものの、その座席の指定を受けた特急券を所持する乗客が乗車してきた場合は、席を移動したり立席する必要がある。 立席承知の特急券発券は急ぎの乗客に対する救済目的の処置であるため、座席無指定(立席)でも座席指定と同額の特急料金を支払う必要がある。 近鉄インターネット予約・発売サービス [ ] パソコンや携帯電話、等から特急券の予約・購入、あるいは新規通勤定期券(大人に限る)の予約ができるサービス。 事前に会員登録を行なう必要がある。 利用可能時間は5時30分 - 23時45分。 特急券の受取りは、近鉄特急券取扱駅窓口および対応する特急券発売機で可能。 なお、インターネットが普及する以前は、名阪特急の電話予約サービスを行っていたが、2008年度で終了した。 近鉄特急積立金サービス [ ] 従来のクレジットカードに加え、あらかじめ積み立てた現金で特急券購入時の決済が可能なサービス。 このサービスを利用するためには、インターネット会員登録をしたうえで、駅の特急券窓口などに備え付けてある「近鉄特急チケットレス積立金カード」の番号を登録する。 チケットレスサービスを利用する場合にはさらにチケットレス会員登録が必要。 netポイントもクレジットカードと同様に加算される。 積立は現金により対応する「定期券・特急券自動発売機」・「特急券自動券売機」・「特急券発売窓口」でチャージする。 退会時に払い戻しするためには払い戻し手数料500円が必要であるが、積立金残額が500円に満たない場合は残額全部が払い戻し手数料となる。 クレジットカードと積立金カードを両方登録することも可能だが、支払い手段の併用はできない。 近鉄特急チケットレスサービス [ ] インターネット予約・発売にて特急券を購入した際、特急券の受取りをせずとも特急に乗車できるサービス チケットレス会員登録を行うと、次回購入時より駅での特急券受取とチケットレスが選択出来るようになる。 ここでチケットレスを選択すると、携帯電話の場合は画面に購入した特急券の内容が表示されるのでその画面を携帯電話の機能(例:画面メモ)で保存するか、パソコンの場合はその画面を印刷することによりそれが特急券になるというもの。 特急券を提示する必要がある場合は、この保存した画面もしくは印刷した用紙を提示する。 チケットレスサービスを利用する際は、決済に利用したクレジットカードや近鉄特急チケットレス積立金カードを所持する必要がある。 これはトラブル発生時に、特急券購入者本人であるかを確認するためである。 会員登録後、初回からチケットレスサービスが利用可能で、近鉄沿線外の顧客などもサービスを利用し易くしている。 クレジットカードの裏面の署名欄に記載される(末尾3 - 4桁)を新規会員登録時、またはカード変更・更新時に入力することで対応している。 購入後も指定の列車の発車時刻前に限り、初回購入日から3ヶ月後の同一日の前日まで、かつ、その時刻において発売できる他の特急券に3回まで手数料無料で変更が可能である。 購入後に乗車人員が減るなどした場合は、220円の手数料が必要となる。 なお、チケットレス化が実現したのは特急券(デラックス券、サロン券含む)のみで、乗車する際には別途乗車券(IC乗車券、定期券、回数券カードなどを含む)の用意が必要となるため、(乗車券も含めた)完全なチケットレス化には至っていない。 乗車の翌月1日に付与され、有効期限は1年(取得した翌年同月末まで)で、特急券の購入(引換え)に充てることができるが、現金など他の支払い手段と併用することはできない。 そのほかに、で貯めたポイントを特急券購入に充てることも可能(所定の手続きが必要) 割引切符 [ ] 大阪難波駅 - 近鉄名古屋駅間の乗車券・特急券をセットにした回数券タイプのもので、レギュラーシート用とデラックスシート用の二種類が存在し、それぞれ5枚つづりと10枚つづりがある。 有効期間は発売日から3ヶ月間となっていた。 なお、同きっぷは2017年12月30日を持って発売を終了した。 利用も含めた完全な終了は、2018年3月30日。 有効期間は発売日から3ヶ月間。 沿線各地から伊勢志摩への往復に近鉄特急が利用可能で、松阪駅 - 賢島駅間の近鉄線(特急を含む)のほか、伊勢志摩のバス、定期船に乗り放題で、現地の複数の観光施設に入場可能なクーポン券。 大人9,800円、子人5,300円。 伊勢神宮参拝きっぷ 関西発 と東海発 で発売される前売限定きっぷ。 発駅からフリー乗車区間(松阪駅 - 賢島駅間)への往復に近鉄特急が利用可能で、フリー乗車区間 と(の指定区間)が3日間乗り放題。 特典として、伊勢志摩地域にある各店舗でレンタカーが約30%の特別割引で借りられ、伊勢神宮内宮~伊勢志摩近鉄リゾート各ホテル間のシャトルバス「パールシャトル」に片道1回限り乗車可能である。 有効期間は乗車開始日から3日間。 関西発が大人6,600円、子供3,300円、東海発が大人5,900円、子供2,950円。 特急座席予約システム(ASKAシステム) [ ] 特急券発売窓口のASKAシステム端末機 近鉄には、 ASKA All-round Services by Kintetsu and its Agencies 「アスカ」 システムと呼ばれる、のにあたる乗車券類発売システムがある。 コンピューター構成 [ ] コンピューターは2台で構成されており、1台を本番系としてASKAシステム用コンピューターとして使い、残り1台を予備系としつつその他の目的(特急座席予約以外、グループ会社向け)としても使用している。 本番系コンピューターに異常が発生した時は、自動的に予備系に切り替わりシステムの継続稼働を確保する。 また、インターネット予約や車掌用座席確認システムに対応するため、サーバーを経由してホストコンピューターに接続し、処理の一部をサーバーで行っているものも存在する。 なお、コンピューター運営については、に委託されている。 主な歴史 [ ] 磁気エンコード式初期の旧特急券(1986年)• (35年): NEC 製専用機による特急座席予約システムが開始された。 当時は、特急券その物の発行(印刷)は行われず、端末機に表示された号車・席番を特急券に転記していた。 (昭和45年):汎用機()による座席予約システムが開始され、端末機での発券が可能になった。 同時にホストコンピューターをNEC製からUNIVAC製(現在の)に変更されている。 (昭和46年):コンピューターと接続。 (昭和51年):日本交通公社(現在の)コンピューターと接続。 (昭和54年):特急券自動券売機使用開始。 (昭和59年):コンピューターと接続。 (昭和62年):特急座席予約システムを、オンライン乗車券発行システム(定期券発行が主)・企画旅行システム(旅行業務)を含めた総合的なシステム「ASKA All-round Services by Kintetsu and its Agencies システム」へ移行。 これ以降、近鉄の特急座席予約システムが「ASKA(アスカ)」と呼ばれるようになる。 (平成2年):定期券自動券売機使用開始(銀行用ATMを流用。 支払はKIPSカードのみ)。 (平成6年):特急残席表示器使用開始。 (平成13年):インターネット予約・発売開始。 (平成14年):定期券・特急券自動券売機使用開始。 典拠:『鉄道ピクトリアル』(第505号)1988年12月臨時増刊号、39頁・『鉄道ピクトリアル』(第727号)2003年1月臨時増刊号、電気車研究会、25 - 27頁 特急に使用される車両 [ ] 1960年代から1980年代製の特急車両のモデルとなった10100系。 名阪間軌間統一事業の象徴的車両でもある。 (名古屋線用)• (名古屋線用)• (名古屋線用)• (名古屋線用)• (京橿・京奈特急用)• (南大阪線用・とは異なる)• (主に用)• (京奈・京橿特急用)• (京伊特急用)• (京伊特急用)• 用途変更車両 [ ] 1958年以降に新造された特急車両(6431系を除く)で、後に用途変更された車両は2014年現在までに18200系、18400系、12200系の3形式である。 いずれも団体車両化された。 この内、18200系「あおぞらII」と18400系「あおぞらII」 は全廃され、現時点では12200系から改造された15200系「新あおぞらII」と15400系「かぎろひ」が在籍している。 車両の変遷 [ ] 本節では、車両の歴史的流れを容易に把握できるよう、3つの節目に区切った。 区分の基準は、車両の用途やコンセプトを優先し、機械的側面は二の次とした。 従って、680系はWN駆動で新性能車両にカテゴライズされても、一般車の格上げ改造車である点で特急専用車としてのコンセプトが希薄のため第I期に挿入し、18000系は釣り掛け駆動の旧性能車の部類に属しても、車体は格下げを前提としないことから特急専用車としてのコンセプトが強固なため第II期に入れた。 また、21000系と26000系は直流直巻モーターと抵抗制御方式であり、その点では第II期に属しても車両コンセプトが全く異なるため、コンセプトを一にし、交流誘導モーター及びVVVFインバータ制御方式の22000系以降のグループと同列に扱った。 16200系についても、一般車からの格上げ改造車であるが、大量輸送・高効率性を求める車両ではなく、観光輸送・コンセプトである「ゆったりとした時間を楽しむ、上質な大人旅」の観点から第III期に入れた。 解説にあたり、なるべく個々の車両の解説は簡略化し、節目の中から俯瞰で車両を捉えた。 左側の写真は420系(元6421系)の車内。 一般車化された後も残されたクロスシート。 右側の写真は420系の改良型である430系(元6431系)。 製造当初から格下げが意図され、格下げ後は予定通り車両中央部の窓を埋めて3扉化された 第I期 2200系以降6431系までのグループ(1940年代後半 - 1960年代前半) [ ] この車両群 は戦後復興期、戦前製の急行用車両を応急的に特急仕様に整備したことに始まり、なかには特急専用車として新製された車両もあるにせよ 、あくまでも次代の特急車が登場するまでの過渡期的な位置づけと見なされ、将来の一般用途への格下げが前提とされた。 このため特急用車両としてはいかにも中途半端な位置づけで、特急専用車としてのコンセプトも希薄であった。 車体は戦前製の2200系に端を発する両運転台ないし片運転台式の2ドアが踏襲された。 また、同一ゲージ車両であれば 1両単位で混結可能で、この点、編成単位でシステムを構成する後の車両群とは機器構成上の考え方が大きく異なっていた。 また、駆動方式もで、基礎ブレーキもとされ、旧来の域を出なかった。 従って、10100系が出現すると早くも格下げが開始され、11400系の増備をもって全車一般車化された。 しかし、2250系で確立された軽量車体構造をはじめ、3次車以降で採用されたシュリーレン台車の技術は、10000系の開発に大いに寄与した。 また、当時の国鉄との激しい競争のなかで採用された冷房装置をはじめ、シートの装備は、現在に至る顧客重視のサービスマインドの基礎を成した。 第I期車両群の各系列 第I期車両群• 年代は特急専用車としての在籍年• 掲載順序は運用線区やに関係なく就役年代順とした :1947 - 1960年(一般車へ格下げ) :1947 - 1953年(一般車へ格下げ) :1950 - 1960年(一般車へ格下げ) :1953 - 1963年(一般車へ格下げ) :1953 - 1963年(一般車へ格下げ) :1958 - 1965年(一般車へ格下げ) :1964 - 1975年(一般車からの改造、再度一般車へ格下げ。 680系は解説の便宜上、本文に記載していない) 第II期 10000系以降12600系までのグループ(1950年代後半 - 現在) [ ] 効率重視時代の象徴ともいうべき18400系の車内と12200系の外観 第I期の車両群が、格下げ、混結を前提、および旧来の性能であったことに比べ、当車両群 は編成を固定し、将来の格下げを前提としないことから特急専用系列としてのコンセプトが鮮明になった。 また、、、の採用等、新性能化した。 居住性も飛躍的に向上し、10000系でが採用され、続く12000系からにステップアップした。 窓ガラスは車内空調前提のペアガラスの固定式で 、折戸式ドアを採用のうえでを廃止した。 そのほか、調理設備はじめなど付帯設備を設けた車両もあるが、概して当車両群で共通することは、個々のを拾うことよりも、大量輸送、高効率性が命題とされた点にある。 また、当車両群は正面貫通式および共通した客室を持つため、個性に乏しく、似たり寄ったりのデザインであることも特徴で、それは系列の別なく、全系統で共通運用が組まれた効率重視の時代を色濃く反映したものとなっている。 第II期車両群でも一目置かれる2階建構造は、シンボル性の強調と同時に定員を増すことによる運用効率のアップと座席1人あたりの建造費圧縮の意図もある。 当時の近鉄は出来る限り多くの座席を用意して乗客を迎えることを特急営業のポリシーとしていたことから、10100系もこの考え方のもとに設計された。 特に当該系列はのため、2両分の台車で3両分の収容力を持つ輸送効率の高さをも併せ持っている。 30000系の場合は観光需要を当て込んだ内装とされたが、座席は大量輸送の時代を反映して2階客室端部は固定式とされた。 従って大量輸送に重点が置かれていることから、改めて第II期車両群に属することが理解される。 その意味において、後年製造された50000系のカフェ車両は、1両全体が定員度外視であり、同じ2階建構造ながら製作意図が全く異なる。 ここに挙げた車両群は、拡充期にあった特急ネットワークを完成に導くために大量投入されたもので、なかでも12200系は168両 に渡って増備され、ネットワーク形成に大いに寄与した。 第II期車両群の各系列 第II期車両群• 年代は特急専用車としての在籍年• 掲載順序は運用線区や軌間に関係なく就役年代順とした (ビスタカーI世):1958 - 1971年 (ビスタカーII世):1959 - 1979年 (エースカー):1961 - 1992年 (新エースカー):1963 - 1997年 :1965 - 現在 :1965 - 1982年 :1966 - 1989年(団体車両へ格下げ) (スナックカー):1967 - 2000年 (新スナックカー):1969 - 2021年3月末で終了予定(団体車両へ格下げで、特急車からの改造) (ミニスナックカー):1969 - 2000年(団体車両へ格下げ) (サニーカー):1977 - 現在 (ビスタカーIII世、ビスタEX):1978 - 現在 (サニーカー):1980 - 現在 :1981 - 現在 (サニーカー):1982 - 現在 乗客のニーズを全面的に汲み取り、それまでの供給側の都合を排した50000系。 効率重視の時代では考えられなかった設備を持っている。 第III期 21000系以降のグループ(1980年代後半 - 現在) [ ] 需要が供給を上回ることで一定の輸送量を確保できた時代は、大量輸送で効率重視かつ均一的な車両で運用していれば事足りていた訳であり、第II期車両群はそれに該当した。 しかし、経済の発展に伴う生活水準の向上や、社会を取り巻く環境の変化に伴って客側の選択肢が増すと、必ずしも近鉄特急を選ぶ必要性が無くなり、他の選択肢に流れていくことは十分に考えられていた。 その選択肢とは、移動手段で言えば自動車、JR線、他社線である。 娯楽で言えば日本国内及び日本国外の様々な観光地への旅行、あるいは多彩化した趣味・嗜好・行動などが該当する。 この問題については後のでも述べる。 しかし、数ある選択肢の中から近鉄特急(あるいは近鉄沿線の観光地)を選んでもらうには、旅客のニーズに応えることが必要で 、この点、大量輸送が主目的の第II期車両群では選んでもらうだけの魅力に乏しい。 そこで、集客を得るには個々のニーズを拾うことが最も適切であるとの考えを具現化したのが第III期車両群である。 この車両群以降、多様化するニーズに対して運営者目線から利用者目線に転換するための外部デザイナーの活用や、利用客へのアンケート調査を実施のうえ、車両設備やサービスに反映させる姿勢が鮮鋭化し 、この結果、長らく均一の似たり寄ったりの客室から一転して、高品質の客室 、横3席配置の特別車両、グループ専用車両(サロン、個室)、チルト機構付き座席 、分煙策、男女別トイレ等の各々異なる設備を用意して対応する契機となった。 そのほか、座席の前後間隔についても拡大の一途を辿ることで定員を減らして占有空間を重視する方向へと転換され、この点でも大量輸送の時代とは方向性が異なっている。 21000系以来始まったその傾向は、50000系によって一層推し進められている。 第II期と第III期の主要な違いとして、コストダウンの要請による機器類の進化がある。 、、、、の採用がそれで、22000系以降の流れとなっている。 第III期車両群の各系列 第III期車両群• 掲載順序は運用線区や軌間に関係なく就役年代順とした (アーバンライナー、アーバンライナーplus):1988 - 現在 (さくらライナー):1990 - 現在 (ACE):1992 - 現在 (伊勢志摩ライナー):1994 - 現在 (ACE):1996 - 現在 (アーバンライナーnext):2002 - 現在 (Ace):2009 - 現在 (Ace):2010 - 現在 (しまかぜ):2013 - 現在 (青の交響曲):2016 - 現在(一般車からの改造。 16200系は解説の便宜上、本文に記載していない) (ひのとり):2020 - 現在 車内 [ ] 客室 [ ] 客室は昨今の社会ニーズの多様化によってさまざまなタイプが用意され、旅の目的に応じて選択できる。 12200系を組込む場合は該当の号車は完全禁煙となるが、2020年度末まで運用から外れる。 一部の編成は座席の販売自体を行わず通路扱いとなる。 狭軌線汎用特急(吉野特急)• 原則として偶数号車に設置。 但し、16000系16008Fを組込む場合は何れかの車両の喫煙室が1両分少なくなる。 伊勢志摩ライナー及びしまかぜの内、名古屋発着列車は号車番号が逆転する。 内の数字が名古屋発着列車の号車番号。 青の交響曲(16200系)は当初から喫煙室が設置されておらず、全車完全禁煙となる。 現在ではを含む他社列車ではほぼ全面禁煙となっているが 、近鉄特急では喫煙可能な車両を連結し 、喫煙ユーザーの取り込みも行っている。 2020年2月1日現在、大手私鉄で車両内に喫煙室を設置しているのは近鉄のみである。 喫煙室は12200系「スナックカー」及び16200系「青の交響曲」を除いた全ての車両に1箇所以上設けられている。 標準軌線汎用特急車の場合は1号車と5号車、A号車とE号車に喫煙室付の車両が連結される場合に喫煙室が使用可能となるが、3・7・9・C号車になる場合には閉鎖されて使用できず、また上述の車両で編成の都合で喫煙室の設置されていない車両が1・5・A・E号車になる場合はその号車は禁煙扱いとなるか座席の販売自体を行わず、通路扱いとなる。 狭軌線(吉野特急)汎用特急車は原則偶数号車に喫煙室を設置しているが、16000系16008Fを編成に組み込む場合は喫煙室が1両分少なくなる。 までは座席喫煙車も存在したが、改正に合わせ翌日からは全席禁煙化とし、喫煙室でのみで喫煙可能となるが、前述の通り12200系については2021年3月末までに運用を外れるため喫煙室を設置せず、同系で運行する列車については全面禁煙となる(該当列車は窓口・券売機や予約サイトで確認可能)。 なお、喫煙車として運行していた車両については車両整備が終わるまで座席を発売しない。 また、改正健康増進法では屋内扱いとなるため、地下区間(難波線内・近鉄名古屋駅・近鉄奈良駅)と駅全体が屋根に覆われた大阪上本町駅・京都駅・大阪阿部野橋駅では喫煙室を利用不可とする。 座席喫煙車(サニーカー、現在は喫煙室設置により禁煙化済) バリアフリー設備 [ ] 近鉄特急では対応の車両で運用する列車がある。 アーバンライナー、伊勢志摩ライナー、しまかぜ、さくらライナーでは標準対応となっている。 それ以外の特急列車の場合、22000系と22600系(ともに4両固定編成)、16400系、16600系の使用列車で対応しており、該当車で運用することが事前に確定している特急は駅提出の時刻表と近鉄時刻表に車椅子マークを提示している。 なお、車椅子設備非対応の系列(12200系など)には、なるべく対応車両を併結させることで、車椅子対応の特急運用を行なっている。 また12600系等の4連単独運用の場合は、その前後の特急運用で22000系や22600系(ともに4両固定編成)を充当して車椅子利用者に配慮する。 指定される座席番号は列番を30番台と区別して、介助者の座席も同じ番号区分とされる。 対応座席のグレードは基本的に普通車で、グループ車両やデラックスシートによる設定はない。 「しまかぜ」についてはプレミアムシート扱いで対応する。 対応する号車番号は、大阪発着のしまかぜが2号車(名古屋発着は5号車)、アーバンライナーが5号車(8両編成の場合は7号車)、大阪発着の伊勢志摩ライナーが2号車(名古屋発着は5号車)、さくらライナーが2号車(8両編成の場合は6号車も該当)となっている。 それ以外の車両は、他系列との混成運用のため号車の特定には至らないが、22000系と22600系の4両単独運用の場合は3号車、吉野特急で2両単独運用の場合は1号車となる。 伊勢中川 - 賢島間の各特急停車駅では大阪・京都発着と名古屋発着の特急では号車の順番が前後逆になる 車両の床下機器の配列、配管は車両正面から見て左右非対称となっており、の配置やの芯割り当ても異なることから、車両を連ねて編成を組む電車において、車両の向き(定位)は厳密に管理されなければならない。 ところが、標準軌線特急列車の場合、標準軌線全線で直通運転を実施することから、伊勢中川駅付近の三角状の構内配線を通過する運用を介することで、線内のいずれかの場所で必ず定位が定まらなくなる。 このため、定位の基準を中川短絡線を通過する名阪特急に定め、違いが出る部分を伊勢中川駅 - 賢島駅間に限定している。 従って、当該区間における阪伊、京伊特急と名伊特急の編成の向きが逆になる。 このことは、伊勢方において阪伊・京伊特急の折り返しが名伊特急に、名伊特急の折り返しが阪伊・京伊特急にならないことを示している。 一方で、一般車は中川短絡線を通過する運用がないため、伊勢中川駅入線によって全列車の編成の向きを統一しており、大阪、名古屋双方の始発列車は山田線内においても同一方向で運用される。 また、元特急車を使用した団体車両についても、一般車と同様の扱いで、稀に短絡線を経由して方向が反転しても、運用後の回送にて定位を戻している。 なお、名阪直通運用を持たない50000系「しまかぜ」と23000系「伊勢志摩ライナー」は伊勢中川駅 - 賢島駅間は阪伊・京伊・名伊の各特急とも同じ向きに統一のうえ運用される。 ただし号車番号については、一般特急では編成の向きが逆になると号車番号の並び順も連動して逆になるが、「しまかぜ」「伊勢志摩ライナー」については、編成の向きは同じで号車の並び順のみ逆となるため、グループ車両とカフェ車両、サロンカーの号車番号が阪伊・京伊特急と名伊特急で異なっている。 サロンの座席番号表記はボックスを数字、席番をアルファベットと表記 近鉄特急の座席番号については、かつてはレギュラーカー(普通車)では数字のみで連番(1、2、…55、56の順 )としていたが 、2014年9月21日現在では以下のようになっている(号車番号、座席番号の順)。 いずれも定期列車のみ記述する。 デラックスカー(特別車両)、レギュラーカー(普通車)を問わず、JRなどと同様列番を数字で、横方向はABCで表記(1A、1B、1Cなど)する。 また、号車番号は数字(10号車まで制定されており、「1号車、2号車…」の順)が基本であるが、複数系統を併結するの場合には「子」に相当する側をアルファベット表記(F号車まで制定されており、「A号車、B号車…」の順。 ただしE号車とF号車は特急運転開始から現在に至るまで制定のみであり、過去にE号車とF号車を設定した事例はない)とする。 なお、親子列車は2018年3月17日以降は定期列車での設定はない。 名阪特急:名古屋寄りが1号車、大阪寄りが1番• 阪伊特急・京伊特急:伊勢志摩寄りが1号車、大阪・京都寄りが1番• 名伊特急:名古屋寄りが1号車(50000系「しまかぜ」、23000系「伊勢志摩ライナー」も同様)、伊勢志摩寄りが1番(50000系と23000系は名古屋寄りが1番)• 伊勢中川駅 - 賢島駅間では、阪伊・京伊特急と名伊特急とでは号車番号・座席番号も逆順になっている(50000系と23000系を除く)。 阪奈特急・京奈特急・京橿特急:奈良・橿原神宮前寄りが1号車、大阪・京都寄りが1番。 吉野特急:大阪寄りが1号車、大阪寄りが1番 なお、特急運転開始当初はいろは順で号車を制定しており、「い号車、ろ号車…」の順であった。 また、2003年3月のダイヤ変更までは吉野特急を除き号車番号の付け方が異なっていた。 名阪特急:両方向共、最後尾が1号車• 阪伊特急・阪奈特急・京伊特急・京奈特急・京橿特急:大阪・京都寄りが1号車 ダイヤの特徴 [ ] 阪伊乙特急の後方に続行する阪伊甲特急が確認できる(山田線 - 間)。 でも述べたように、近鉄特急は系統間の乗り継ぎに配慮したダイヤ構成となっている。 このことは線区によっては特定の時間帯に特急の運転間隔が詰まって特急のすぐ後ろを特急が続行することを意味している。 特に系統が重複する大阪線、名古屋線、山田線、鳥羽線に続行が多く発生している。 以下、該当例を述べる。 名古屋発の名伊特急は津駅で大阪難波ゆき名阪甲特急と接続を取るが、名古屋発車時点では両列車の運転間隔は10分であったものが甲特急は途中駅無停車のため津駅に到着する頃には5分程度まで接近していく。 阪伊特急と名伊特急は山田線や鳥羽線では運転区間が重複する。 このため、鳥羽駅止まりの名伊特急があとから追いかけてきた賢島ゆき阪伊特急に接続をとる際は、重複する区間において3分間隔で追いかける側の特急が続行する。 名古屋発大阪難波ゆき名阪特急は大和八木駅で続行してきた京都行き京伊特急と接続をとるが、両列車は中川短絡線から大和八木駅までの74kmにわたっておよそ2分間隔で続行運転する。 一方で、橿原線、奈良線、南大阪線系統の特急は20 - 30分、あるいは1時間おきの概ね等間隔運行となっている。 同格待避について 続行運転が生じる理由は系統間の連絡だけではない。 近鉄特急は停車駅が少ない速達型の特急と各主要駅に停車する特急が混在するため、特に主要駅停車型特急の後に速達型特急が運行される場合は速い後者が前者に接近していく。 土休日ダイヤの大阪発の阪伊甲特急が阪伊乙特急に 、あるいは先述の名古屋発の名阪甲特急が名伊乙特急に接近していく場合である。 それでも終着駅まで逃げ切ることや、追いつく直前に別方面に分岐していけば問題はないが、ダイヤの都合上先行を維持できない場合は途中駅で追い抜きを行う。 この新幹線以外ではあまり例を見ない特急が特急を追い抜く同格待避が行われている例としては賢島発京都ゆき特急「しまかぜ」で、先行する阪伊特急の停車中に追い抜きを行っている ほか、大阪難波駅を21時に発車する名阪甲特急が名張駅で阪伊乙特急を、土休日ダイヤのみ近鉄名古屋駅を8時20分に発車する名阪甲特急が榛原駅で名阪乙特急を追い抜いている などの事例がある。 車両運用 [ ] 奈良線系(左の電車)と大阪線系(右の電車)では一般車の編成方向が異なる(同じ2両編成同士でありながらパンタグラフ位置が前後逆)。 このため特急車両と異なって全線共通運用は不可能。 近鉄特急は需要変動による輸送実態の変化に合わせて、車両の増解結を頻繁に行い、車両運用の効率化と運転コストの低減を図っている。 「伊勢志摩ライナー」などの固定編成を除けば、特急車両は先頭部に貫通扉を持っており、このために最短2両から4両、6両、8両、10両編成までを自在に組成できる。 車両も狭軌の吉野特急以外は全線、全車両で相互に連結、運用可能で(吉野特急同士の相互連結も可能)、曜日、シーズン、時間帯、運用線区の別による旅客数の変化に対して弾力的な対応を可能としている。 なお、固定編成の21000系「アーバンライナーplus」(6両編成)も中間に2両を挿入し、8両編成の運用が可能である。 標準軌用特急車は標準軌線全線で運用可能 なことから、広範囲の運用を原則として車両運用の効率を高めている。 これに対して一般車は一定の路線ごとに区切った運用をしており、例えば、奈良から難波への阪奈運用を介して、名阪運用で名古屋まで到達、あるいは、奈良から京都までの京奈運用を介して、京伊運用で伊勢まで到達といった全線共通運用が一般車にはない。 一般車は奈良線・京都線系と大阪線・名古屋線系では歴史的経緯により編成の向きが逆になっているため、通常営業時における双方の連結は不可能であり、さらに双方の車両の仕様が若干異なるため、転配する場合は小改造を要することから 、この点においても全線共通運用は不可能である。 これが特急車と一般車の運用面における著しい違いである。 汎用特急車両は幾種類もの系列が在籍するが、どの系列がどの運用につくかは3日程前にならないと確定しない。 従って、前日以前に特急券を発券する際は全形式に共通の座席番号を振り分け、各車両によって差が出る座席については当日発売としている。 但し、以降は前述の全席禁煙化に伴い、12200系に限り原則1ヶ月前には運用を確定させる方針に変更する。 時代の境界標で近鉄の合併の歴史を物語る遺構()。 旧参宮急行電鉄の路線は名阪・阪伊特急のメインラインを構成する一方で榛原付近の連続急勾配など今なお近鉄特急に多大な負担を強いる。 近鉄路線501. 2kmのうち、その約8割にあたる405. 8kmにおいて特急運用を行なっている。 運行路線の中には、大和八木駅付近の橿原線と大阪線を直通するための、伊勢中川駅付近の、鶴橋駅付近の奈良線と大阪線を連絡する等、特急専用軌道も存在し 、さらに近鉄名古屋駅に隣接する米野車庫も半ば特急専用の折り返し整備基地となっており 、頻度の高い特急運用を行なう近鉄ならではの設備がある。 特急運行路線の内、標準軌線区間が340. 8km、狭軌線区間が65. 0kmで、後者が大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間系統(吉野特急)に該当し、他の系統とは一線を画している。 また、運行路線の大部分がで、区間は志摩線の一部と、吉野線に限られている。 本項冒頭で見た通り、近鉄路線の採算面における脆弱さから、鉄道事業継続のためには特急料金収入は大切であり、そのため特急優遇とも取れるダイヤが各路線で展開されている。 それが顕著に現れるのが大阪線榛原以東から志摩線までのローカル区間で、時間帯によっては急行以下の列車本数と特急本数が同等か、あるいは特急が上回る場合もある。 また、特急優先ダイヤを設定したため、急行以下の列車を追い抜いて、特急の高速輸送を可能にするためのを多くの駅に設置している。 大阪線以東と山田線は、によって建設された路線で、大阪と伊勢を直結させることを当初の目標とした。 免許取得時点では現在よりも南寄りのルートだったが 、地形上の問題や将来の名古屋進出を見越して、を越えるルートに変更された。 そして、大阪 - 伊勢間の所要時間を2時間30分と見込んだことから 伊賀盆地と布引山地の前後区間における急峻な勾配区間も高速走行が要請され 、このため大出力モーターと装備のが製造されている。 そして、この条件がそのまま近鉄に受け継がれ、後年、の開通で若干負荷が軽減されたものの、それでも今なお、近鉄路線では最大の難所とされている。 この山越えに対する特急車の対応策については「」を参照のこと。 難波線直通特急は大阪難波駅ないし阪神なんば線桜川駅構内の引き上げ線で折り返す。 (桜川駅) 現在、特急が大半の路線で共通運用可能とされているのは、度重なる路線改良工事の賜物である。 近鉄は合併の繰り返しによって形成された歴史を持つため、各社各様の仕様を引き継いだことから、軌間や建築限界、架線電圧が各線で異なっていた。 これを大阪線、山田線の仕様に統一するため、幾多の工事を経ることになった。 古くは名古屋線改軌に始まり、奈良線、橿原線、京都線の昇圧及び建築限界拡大、志摩線の改軌や、ベースとなった大阪線の全線複線化も含め、1950 - 1970年代にかけて大掛かりな工事が連続した。 この改良工事によって標準軌線の仕様が統一され、特急車両の全線共通運用が可能となったことで運用効率が向上し、併せて線路容量増大によって高頻度運転も可能となった。 大阪側の末端線であるは大阪上本町駅から大阪難波駅に至る2. 0kmの全線が地下路線となっている。 建設目的が鶴橋駅、上本町駅における難波方面への市電と市バスの乗換時の混雑解消であったことから難波線は通勤通学需要に応えるべくの一般列車の乗入れを優先とされた。 従って同線への特急乗入れはこの通勤通学輸送を阻害しない範囲で検討されたことから 乗入れ特急の選定に当たっては日帰りビジネス客の需要が多い名阪特急と賢島直通の阪伊特急に限ることとした。 1994年 - 2003年には伊勢志摩への玄関口を上本町駅に統一する近鉄の施策によって 、日中の阪伊特急(甲・乙とも)が全て上本町駅発着となったものの、その後は阪神なんば線開業後の現在に至るまで概ね踏襲されている。 なお、現時点では定期特急の阪神線直通運用はないため(団体列車の乗入れについては後述)、特急列車は大阪難波駅あるいは西側の引き上げ線にて折り返し運用となっている。 特急運行路線 特急運行路線• 例えば、布施 D ならば布施駅で大阪線と接続の意味。 但し、路線記号が重複している路線の場合は右上の数字で補記する。 例えば、難波線と奈良線の場合は Aで重複するため、難波線を A 1、奈良線を A 2と表示する。 駅の呼称は省略した A 1 (大阪難波 - 大阪上本町:2. 0km:名阪、阪伊、阪奈) 大阪難波 - 大阪上本町 D D (大阪上本町 - 伊勢中川:108. 9km:名阪、阪伊、阪奈、京伊) 大阪上本町 A 1 - 鶴橋 - 布施 A 2 - 大和高田 - 大和八木 B 4 - 榛原 - 名張 - 桔梗が丘 - 伊賀神戸 - 榊原温泉口 - 伊勢中川 E M 5 A 2 (布施 - 近鉄奈良:26. 7km:阪奈、京奈) 生駒 - 学園前 - 大和西大寺 B 3 B 4 - 近鉄奈良 B 3 (京都 - 大和西大寺:34. 6km:京伊、京橿、京奈) 京都 - 近鉄丹波橋 - 高の原 - 大和西大寺 A 2 B 4 B 4 (大和西大寺 - 橿原神宮前:23. 8km:京伊、京橿) 大和西大寺 A 2 B 3 - 西ノ京 - 大和八木 D - 橿原神宮前 F 8 F 9 E (伊勢中川 - 近鉄名古屋:78. 8km:名阪、名伊) 伊勢中川 D M 5 - 久居 - 津 - 白子 - 近鉄四日市 K - 桑名 - 近鉄名古屋 M 5 (伊勢中川 - 宇治山田:28. 3km:阪伊、京伊、名伊) 伊勢中川 D E - 松阪 - 伊勢市 - 宇治山田 M 6 M 6 (宇治山田 - 鳥羽:13. 2km:阪伊、京伊、名伊) 宇治山田 M 5 - 五十鈴川 - 鳥羽 M 7 M 7 (鳥羽 - 賢島:24. 5km:阪伊、京伊、名伊) 鳥羽 M 6 - 志摩磯部 - 鵜方 - 賢島 F 8 (大阪阿部野橋 - 橿原神宮前:39. 8km:吉野) 大阪阿部野橋 - 古市 - 尺土 - 高田市 - 橿原神宮前 B 4 F 9 F 9 (橿原神宮前 - 吉野:25. 2km:吉野) 橿原神宮前 B 4 F 8 - 飛鳥 - 壺阪山 - 吉野口 - 福神 - 下市口 - 六田 - 大和上市 - 吉野神宮 - 吉野 以下は臨時運行路線 K (近鉄四日市 - 湯の山温泉:15. 4km) 近鉄四日市 E - 湯の山温泉 H (平端 - 天理:4. 5km) 天理 以下は団体専用列車運行路線 (尼崎 - 大阪難波:10. 1km) 尼崎 - 西九条 - 大阪難波 (神戸三宮 - 尼崎:22. 3km) 神戸三宮 - 西宮 - 甲子園 - 尼崎• 待避線を持つ駅は多数存在する() 特急車両のメカニズム [ ] ここでは10000系以降の近鉄特急車両に概ね共通する機能とその特徴について解説する。 詳細なメカニズムについては各車両の項目を参照されたい。 連続急勾配対策 [ ] 近鉄の特急車両では、標準軌の大阪線・奈良線、および狭軌の吉野線の各線に連続急勾配区間が存在することから、全系列(運用区間が平坦線に限定されていた狭軌時代の名古屋線特急車や初期の京都線・橿原線特急車は例外)について、当該各線区に介在する山岳地帯の急坂を高速で登坂、ないし安全に下降するための機能・性能を付与している。 特急車両を設計する際は、こうした区間における所要運転性能が主電動機出力やギヤ比などを決定する際の判断材料となっている。 一方、降坂においては、重力によって上昇するスピードを抑えながら一定速度を保ちつつ、の磨耗と温度上昇による破損の危険を回避する観点から、の他にの搭載が必要不可欠となっている。 このため、26000系までの抵抗制御車の場合は速度低減のために、運動エネルギーを変換して発生した電力を熱エネルギーに再変換して放出する目的で 、床下に通常よりも大容量のを搭載するが 、制御に抵抗器を必要としないVVVFインバータ制御化された22000系以降ではこれに代えて、に備えた抑速発電抵抗器を追加搭載してブレーキ機能の冗長化による保安度の向上を図っている。 なお、これらの抵抗器は保安度を重視して電動ファンなどによる強制通風式ではなく、大型の自然通風式を採用している。 22000系の後方に12200系を連結した列車。 ブレーキの読替装置があるためにこの様な系列を選ばない柔軟な編成が組めることが可能である ブレーキ装置は空気圧指令と電気指令を併用する搭載車(10000系以降26000系まで)と、完全に電気指令化された搭載車(22000系以降)が共存する。 近鉄特急車両は弾力的な運用を維持するために、固定編成となっている系列を除いて相互に連結可能だが、そのため異種ブレーキ搭載車を連結して運用する必要のあることから、電気指令式ブレーキ搭載車では電磁直通ブレーキ搭載車との併結に際してブレーキ指令読替を行い、これと互換性のある電気演算式電磁直通ブレーキとして機能するように設計されている。 近鉄特急の運用は、現状では複雑で広範囲にわたるため、ブレーキシステムが異なる車両同士の併結は止むを得ない状況である。 このため両タイプの互換性を考慮せずに運用を別にすれば、読替装置を非搭載として、製造および維持にかかるコスト低減が可能となるが、車両運用を抜本的に見直す必要に迫られ、柔軟な運用が不可能となる欠点も生ずる。 台車 [ ] 1955年の2250系3次車以降26000系までは SWS 社から技術導入したシュリーレン式台車(および同系のSIG式台車) が改良を重ねつつ用いられた が、22000系以降はより簡素なボルスタレス構造 を採用した積層ゴムブッシュ片側支持式台車 に移行し、軽量化とメンテナンス向上、それに支持剛性の最適化による高速走行安定性の向上が図られている。 なお、シュリーレン式台車は一般通勤車用と特急車用で円筒内の潤滑油塗布の有無等で相違する。 近鉄電車は基本的にであるが、過去の車両でを採用した例もある。 連接構造はメンテナンス面で難があり、10100系を最後として以後採用されていない。 他社では、車体と台車を別メーカーで製作している例もあるが、近鉄の場合は名古屋線改軌に伴う交換用台車として製円筒案内式(SIG式)台車を購入 して以降は、車体と台車を同資本ので一体的に設計・製作している。 現在の標準である1C2M制御方式のVVVFインバータ制御装置。 1つの箱に2台の制御装置が収納されていて、この2群で1両4台分の電動機を駆動させる。 素子はIGBT。 鉄道事業を継続するうえで必ず付いて回ることとして、車両の建造、維持、運営時におけるコストの問題がある。 いかにしてこれらのコストを下げて経済性の高い車両を建造して運営するかは近鉄のみならず、各々の鉄道会社のテーマでもある。 近鉄特急における省エネルギー、省メンテナンスを問題にする場合、全線共通仕様の車体の建造や照明のLED化、集電装置や空気圧縮機、補助電源装置、ブレーキシステム等、取り上げる内容は多岐に渡るが、ここでは主制御装置と主電動機を取り上げる。 電車の原動力となる主電動機(モーター)と、この主電動機を回したり止めたり速度を変える際の指令を与える主制御装置は 、以前は直流直巻電動機とが用いられた。 しかし、主電動機の整流機構にカーボンブラシを使用することによるメンテナンスの問題や 、主制御装置についてもゆえ開閉の激しさによる同様の問題 、さらに時のスピードコントロールにおいてに電流を流した際に、熱エネルギーとして大気中に放出するというエネルギーロス等 、諸々の問題があった。 これらの諸問題をクリアするために様々な研究開発を行ってに至った電鉄界の流れは当然のことながら近鉄特急車両にも当てはまっている。 近鉄では1954年に1台の制御装置で2両分8台の主電動機を制御する方式()を開発し、一般通勤車両において試作、運用されている。 当時の電車はを2両繋いで運転するケースも珍しくなく、このケースでは主制御装置を電動車の数だけ搭載することになり、不経済であることも要因の一つとして当方式が開発されたものである(詳細はを参照のこと)。 開発当時は低出力の主電動機しか制作できなかったこともあって、この1C8M制御方式はその実情に見合う方式として珍重され、近鉄特急においては10000系の採用に始まり、11400系まで踏襲された。 しかし、その後は大容量の主電動機が制作可能となって、18200系以降は180kW級のものを採用、ゆえにMM'方式を止めてMT半々とした1C4M制御方式が12600系までの標準仕様とされた。 これによって主電動機台数が編成あたり半数に省略されて経済性が向上した。 なお、21000系と26000系は主電動機を容量ダウンのうえ、全電動車方式による1C8M制御方式が復活したが、これは故障による1ユニットダウンでも在来特急車と同等の走行性能を確保すること 、および編成全体の出力アップによる速度向上を狙ったものである。 近鉄では1984年にVVVFインバータ制御車両の試作車を開発 、その2年後には量産車が運用に入るなど 着実に実績を積み重ねたが、当時はまだインバータ制御が開発途上であり、制御装置の価格も非常に高かった。 VVVFインバータ制御のメリットは、ブラシレスと並んで回生ブレーキ力が簡単に得られることから 、高いメンテナンス性と共に回生ブレーキの多用による消費電力の低減が装置の高額面をある程度相殺できるものとして期待され、ゆえに実用化当時は満員時の荷重が大きいがために電力消費量が多大で、停車回数の多さからブレーキ機会の多い一般通勤車両にVVVF制御が多く採用された。 21000系が開発段階にあったのはその頃で、この時はVVVFの導入も検討されたが、その高額さを停車回数の少ないノンストップ特急に低減する効果があるかは疑問であったことや、当時は大容量のGTO素子が未開発であったために、インバータ方式は見送った経緯がある。 しかし、停車回数が少なく、山間部の過疎路線を通過するがゆえに電力回生が難しい等のデメリットを差し引いてもVVVF制御が今後の標準システムに成り得ることや、高いメンテナンス性によるコスト低減に繋がること 、さらにGTO素子の大容量化が後押ししたこともあって 22000系において1C8M制御による全電動車方式として初採用された。 2両に1台の制御装置の搭載であることからコスト低減も実現している。 続く23000系では冗長性に配慮して1C4M制御の2群搭載に改めているが 、誘導モーターの特性を最大限利用する形で電動機出力を200kWに引き上げ 、6両中2両を主電動機なしの車両として経済性に配慮した。 1996年製の16400系以降は制御素子がIGBT化され、装置の小型化やが低減された。 またGTO素子と比べて容量ダウンとなったことから 、1C2M制御の1両あたり2群搭載として冗長性にも配慮したうえ、編成あたりの電動車比率を1:1として、これが現時点における近鉄特急車両の標準スペックとなっている。 車体の材料 [ ] 車体については一貫してを使用している。 新幹線を含むJR各社、などの有料特急車両などで採用されているや構造では時代の変化に合わせた改造が難儀なうえ、JRに比べて車体幅の狭い近鉄特急車両にを使うと 、その肉厚によって車内空間が狭くなる懸念があるため、性質上強靭で、工作が容易な鋼が選択されている。 また、特急車両は固定窓を装備しているため、通勤車両に比べて雨水の侵入による腐食の心配が薄く耐久性があるため、あえて高価なアルミやステンレスを選択する必要性もない。 12200系および22000系の幌カバーを閉めた状態と開けた状態 貫通扉 [ ] 近鉄特急車両の大半の編成では正面がのスタイルをしている。 昨今はアーバンライナーをはじめとする流線型の非貫通スタイルもラインナップされているが、1980年代までは近鉄特急を象徴するスタイルとして正面貫通式が挙げられていた。 車両のシンボルメイキングの正面スタイルを貫通式とすることは、他社の流線型(非貫通)特急車両と比べて非個性的で画一的な印象と映るものの、こと需要変動が大きい近鉄特急では有効であり、旅客流動に合わせて編成を増減のうえ乗客の多寡に対応、かつ運行コストを適正化していくには欠かせない装備となっている。 扉があることで前面のデザインも大きな制約を受けるが、1967年製の12000系以降は貫通を隠すよう幌カバーを設けて、出来る限り車体と面一になるよう配慮された。 このスタイルは1986年製の車両(12600系2次車)まで踏襲されたが、1992年製の22000系以降は電動スイング式の幌カバーとなり、車体外板と平滑になるなど、デザイン面で大きく進化した。 なお、50000系「しまかぜ」も正面に扉を備えているが、こちらは非常用の脱出口で、車両同士を繋いで乗客の行き来を前提とするものではないため、外観も半ば鋭角的な流線型スタイルとなっている。 灯具 [ ] 保安上の必要性から車両正面にはとおよびを取り付けている。 種別標識灯(黄色の光)は近鉄の場合、両舷点灯が特急と快速急行および回送、向かって右舷のみ点灯が急行、向かって左舷のみ点灯が準急と区間準急、無点灯が普通(各駅停車)と規定されている。 灯具のいずれも見付けに配慮しつつ配置、デザインされている。 前照灯は以前は飛び出していたが、12000系(1967年製)より埋め込み式となり、21000系(1988年製)からは正面窓に内蔵され目立たなくされた。 さらに26000系(1990年製)から4灯式とされた。 長らくが使われたが、21020系(2002年製)より化された。 種別標識灯と尾灯も、12600系までは飛び出していたが、同じく21000系から埋め込み式となった。 同時に化のうえ標識灯と尾灯が一体化された。 22600系以後は車体下部に吊り下げて設置している。 「」も参照 1988年のアーバンライナー登場まで近鉄にとっての代名詞的な車両構造で、また、登場(1985年)までは日本で唯一、2階建車両で運用する鉄道会社であった。 2階建車両のメリットとして、車両構造がフラットカーと違うことから乗客の注目の的となり、ゆえに車両のイメージ向上にも役立ち、床面積も階段部を差し引いても3割の増加を見込めることから定員増も期待できる。 しかし、階段の昇り降りの手間や、それに絡めたバリアフリー対応が難しい点、そして客室が狭くなるハンディがあり、2階建であっても床高さが平床車と比べて1mも違わず、建築物と異なって眺望性が劇的に向上することもない。 車体艤装面においても、車両のほとんどのスペースを客室に占有されることから、機器を他の車両に配置せざるを得ないなど問題点も多い。 バリアフリーの問題はともかく、以上の問題ゆえ、21000系では2階建構造の採用が見送られ 、特急車において再び採用されたのは50000系のカフェ車両(2012年製)となった。 30000系の場合、2階部床下に空調機を艤装し、1階部横にコンプレッサーと電動発電機を分散搭載することで両端の平床車の艤装に影響を与えないよう配慮した。 車体の基礎となる台枠は、側はりを平床車と同じ車体全長に渡って通し、車端衝撃力に強くして経年使用による車体の垂下を抑えてキャンバー を保持する構造をしており 、これは10100系も同様であった。 車両デザイン [ ] 塗装デザインが変更された22000系リニューアル車 近鉄電車は全車、で製造されるが 、車両デザイン、設計も近畿車輛をはじめ近鉄の技術部門のスタッフや美術、造形、建築分野における専門スタッフとの共同作業で行なっている。 この内、美術スタッフがイメージスケッチや縮小模型によってエクステリアデザインを決定するほか、インテリアでも座席形状、内装材の選定、カラーコーディネイトまでを決定する。 50000系「しまかぜ」では、山内陸平がデザインの監修を、車両全体のデザインについては井上昭二が担当した。 かつて21000系「アーバンライナー」のデザイン検討の際は、学識経験者2名を招聘して、デザイン提案をはじめコンセプト設定の指南を仰いでいる。 この時に確立されたデザイン開発の手法は、以後登場する特急車の他、他社向けの各車両にも適用されている。 車体塗装 [ ] 近鉄特急の車体塗装は、汎用特急系列と固定編成系列で二分される。 汎用の場合はネイビーブルーとアスカオレンジの組み合わせで、1958年の10000系「ビスタカーI世」以来の塗装である。 ネイビーブルーは日本の伝統色の、アスカオレンジは人間のの色で、これを組み合わせることで文化的な香りの高いのイメージを表現している。 1992年より透明感と明るさを表現するために色味が若干変更されて現在に至る。 長らく近鉄特急の塗装はこの2色が標準だったが、1988年のアーバンライナー以降の固定編成系列は専用の塗装をまとっている。 2015年11月、同年12月に運行開始する22000系リニューアル車以降、2019年度にかけて順次汎用特急車の塗装をクリスタルホワイトをベースにブライトイエローとゴールドを加えた新塗装へ改めることを発表した。 対象となるのは、12400系から22600系までの標準軌線汎用特急車(30000系を含む)と狭軌線汎用特急車の全車、計236両となる。 特急車両は1日1回は洗車され整備に余念がない 特急車両約450両はそれぞれ配属場所が設定されている。 配属先では所定の検査を3か月または10日単位で実施するほか、編成の増結や抜き取り等の仕立て業務、洗車、清掃を行い、併せて車庫も併設する。 配属車両がなくても特急車両の検査を実施する所もあり、以下その場所を列挙する。 米野車庫(近鉄名古屋駅付近)- 近鉄名古屋駅発着特急の折り返し整備基地で、特急列車のみの列車検査も実施。 配属車両はない。 (隣接)- 名古屋方の車両基地で、名阪特急、名伊特急に充当される車両を受け持つ。 アーバンライナー車両は全車配属。 (隣接)- 伊勢方の車両基地で、名伊特急、阪伊特急、京伊特急に充当される車両を受け持つ。 (隣接)- 大阪方(大阪線系統)の車両基地で、主に阪伊特急充当編成のほか、伊勢志摩ライナーやしまかぜ車両も配属される。 名張車庫(名張駅隣接)- 大阪線の輸送量の変化に対応するため、車両の増結切り離しを行う際の折り返し整備基地。 配属車両はない。 (大和西大寺駅付近)- 京都、奈良方の車両基地で、京伊特急、京奈特急、京橿特急等の車両が配属。 (付近)- 大阪、奈良方の車両基地で、主に名阪特急・阪奈特急の折り返し整備も行う。 天美車庫(隣接)- 大阪方(南大阪線系統)の車両基地で、列車検査も実施。 当車庫は大阪阿部野橋駅に近いため、特急車両の出入庫基地としての役割も果たしている。 配属車両はない。 (付近)- 吉野特急の全車両が配属される。 このほか、車両が8年に1度受ける全般検査、4年に1度受ける重要部検査を行なうための以下2検修場所がある。 車両や台車、機器の分解検査をはじめ、車体塗装も実施する。 さらに、寿命を迎えた車両の廃車解体作業は高安検修センターおよび塩浜検修車庫で行ない、近畿車輛で新造した車両の受け入れは高安検修センターで行なう。 また、車体更新工事も高安検修センターを含めた3か所で実施され、工事内容も以下に挙げる。 (付近)- 近鉄車両のほとんど(特急車両は全形式)を検査する大規模工場。 「さくらライナー」等、狭軌線特急車両も検査する。 高安検修センターの各種工事も管理する。 (隣接)- 名古屋線系の車両を検査する(1992年の10400系の廃車後、特急車両の検査は実施されていない)。 12200系における更新修繕前後の比較(更新前の左画像は18400系だが当時の12200系と概ね同様の車内) 電車は4年ないし8年のショートサイクルで車体や機器の修理を実施するも、それでも長い年月の使用によって車体に腐食や歪みが生じることから新製後概ね15年目に大規模な修繕工事を行なって延命させる。 これを更新修繕ないし車体更新工事と呼び、寿命が到来すれば短期間で廃棄される自動車や電化製品とは大きく異なる鉄道車両ならではのライフサイクルである。 近鉄においては車両の寿命を通勤車で概ね30年、特急車で概ね25年と見ており、この間に(新製後概ね15年目)車体更新工事を実施している。 もっとも、1990年代の不況が乗客数減少を招き、そのための新造車両に対する投資抑制および資源保護の観点から車両寿命のさらなる10年の延期を図り、30年目と25年目を目途に2度目の車体更新工事を実施している。 しかし、これも順延傾向にあり、21世紀突入後では18 -20年目で1回目 、30年目で2回目、計40年のサイクルが主流化している。 車体更新工事の内容は、特急車の場合、車体各部の腐食の修理の他に、長期間の使用における時代感覚のギャップを埋めるためのインテリアのリニューアルが主たる内容となっている。 さらに、昨今の健康志向の高まりによる禁煙化の傾向やバリアフリー対応等、社会観点からの要請を車両に反映させるための工事も併せて実施している。 運転乗務員交代 津駅にて 一部のJR特急のように運転室と兼用しない独立した乗務員室がないため、車掌は車両最後尾の運転室兼用の乗務員室にて案内放送やドア開閉業務を行う。 長距離特急の場合、乗務員は全区間を通しで乗務することはなく、担当線区ごとに乗務員が交代する。 車内では乗り越し手続きをはじめ、立席承知の特急券の発売、特急券発売状況の端末チェックを行なう。 以前は特急券の車内改札を列車終着駅手前で1席ずつ実施し、途中駅では駅係員が集札を行なっていたが、2001年3月から客室乗務員がASKAシステムと接続した携帯端末機を所持することで特急券の発売状況をチェック出来るように改め、車内改札などを廃止して業務の効率化を図った。 なお、一部の列車および一部の区間では現在でも車内改札を実施している。 長距離運転を実施する近鉄特急ならではの事例として、過去において名阪甲特急が中川短絡線走行中に運転士と車掌が運転業務を交代することが行なわれていた。 既述通り乗務員は担当線区ごとに交代することから、かつて伊勢中川駅でスイッチバックのための運転停車をしていた頃は、そこで交代が行なわれた。 しかし、1961年の中川短絡線の完成によって運転停車が解消された際、鶴橋駅 - 近畿日本名古屋駅(現・近鉄名古屋駅)間がノンストップ運転のため交代のタイミングが無くなることが問題化した。 このため、運輸省(現・)の特別認可を受けて高安列車区と富吉列車区の運転士2名を乗務させて、短絡線走行途上で交代させることにした。 この際、運転席がデッキや客室から見える車両では、乗客に不安を与えないよう、カーテンを閉めた。 そして、担当線区以外の運転乗務員は車掌業務を担当した。 しかし、1990年より一部の甲特急が津駅に停車を開始した際には、同駅停車列車のみ、名阪乙特急と同じく同駅停車中に交代することとなり、最終的には2012年の白紙変更で甲特急の全列車津駅停車に伴い、交代は津駅停車中に行うことになったことから、車内交代は廃止された。 車内サービス [ ] 洗面台仕切りに設置されたおしぼり受取り口 車内販売 [ ] 近鉄特急では、1948年7月から車内販売を開始し 、当初は大阪線を、名古屋線を中央ホテル(のちの)が担当した。 1951年2月以降は関急産業(のちの)が担当し、以後、多くの列車で実施された。 1967年から名阪ノンストップ特急限定で名古屋都ホテル(2000年廃業)が担当する スナックコーナー営業が行われ、電子レンジで温めたカレーライスや中華ランチなどを提供したこともあったが、当時は名阪甲特急そのものが新幹線に利用者を奪われて凋落傾向にあったこともあり、結局スナックコーナーによる食事の提供は1975年2月までに中止され 、近鉄観光による一般の車内販売に戻った。 特に1980年代以降は駅売店やの相次ぐ出店によって、乗車前にあらかじめ商品を買って持ち込む客が増えるなどしたため売上が減り、2002年3月をもって一旦廃止された。 2006年11月より、土・休日ダイヤの23000系「伊勢志摩ライナー」で運転する阪伊・名伊・京伊特急、計上下12本で営業を再開した。 再開した車内販売は、近鉄が運営・実業務を傍系のへ委託して行われている。 2007年10月8日より、土・休日ダイヤ日中時間帯の名阪特急(21000系・21020系限定)でも車内販売が復活した。 2013年3月より運行開始した特急「しまかぜ」では専属アテンダントにより、カフェでの軽食や飲料の販売のほか、ワゴンによる車内販売も実施している。 これらのサービスも近鉄リテーリングにより行われている。 「しまかぜ」の車内販売・カフェに限り、相互利用可能な交通系(・など。 は対象外)での決済が可能である。 なお、名阪特急においては、最新型車両80000系「ひのとり」では車内販売の設備を省略した(代わりに有料のコーヒーサーバー、自動販売機を設置)こともあり、2020年3月8日の営業をもって車内販売を終了した(「しまかぜ」「青の交響曲」は車内販売を継続)。 また、土休日の一部で実施していた「伊勢志摩ライナー」も2020年4月11日からに伴い車販営業を休止していたが、2020年7月8日に車内販売の終了が発表された。 有人販売とは別に、伊勢志摩ライナーやアーバンライナーなど一部の車両においては自動販売機による飲料の販売が常時行われている。 おしぼりサービス [ ] 1951年11月以来、近鉄特急車内で蒸しタオルによるが配布されていたが 、車内販売の売上低下とともに配布範囲が縮小され、1996年以降は紙おしぼりのセルフサービスとなった。 洗面室の壁におしぼり受け取り口を設けて対応する (但し、バリアフリー対応トイレを装備している車両など一部はドア付近にもあるなど取り付け位置が異なる)。 情報・音楽装置 [ ] しまかぜのカフェ車両、個室には衛星放送(BSデジタル)、前方走行映像が受信可能なモニタを設けている。 また、しまかぜの2・5号車、アーバンライナーの客室ドア上部にもモニタが設けられており、運転台に設置してあるカメラで映し出された前方走行映像を時折放映している。 車内妻壁にLED式表示器を設置している車両(26000系以降の車両)では、ニュースをはじめ、天気予報、近鉄の切符や観光情報をスクロール表示する。 駅ナンバリングの導入に伴い、2015年12月28日から順次車掌の操作によるが始まっており(全列車での稼働は2016年3月以降)、 日・英・中・韓4か国語による自動放送が行われている。 21000系『アーバンライナー』以降の新造車(伊勢志摩ライナー・しまかぜ・さくらライナー・22600系など)と16200系『青の交響曲』では車載の自動放送装置が用いられており、そちらも同時に4か国語対応となった。 なお、2020年3月に登場した80000系『ひのとり』(車載型)は当初から4か国語対応となっているが、『しまかぜ』以前の車両とは異なり、韓国語・中国語の放送が一部簡略化されているほか、日本語・英語についても放送文言が少し変更されている。 1988年以降に製造された車両の内、車体更新工事を実施した車両と、2002年以降に製造された車両は、デッキに出入台灯を設け、左右の開く側のドアを光点灯によって予告するシステムを取り入れている。 そのほか、音響装置を設置のうえ乗降時に音楽を流す車両もある。 ひのとり、しまかぜ、伊勢志摩ライナー、さくらライナー、アーバンライナー(デラックスカーのみ)、22000系リニューアル車、16400系、22600系、16600系の各編成の座席には電源コンセントが設置されており(但し編成により、各座席ごとと2座席に1個がある)、パソコンをはじめスマートフォン等の充電に対応可能である。 かつてアーバンライナーや22000系などの車両に式が設けられていたことがあったが、の普及により姿を消している。 公衆電話は青山越えの山間部などでは電波が届かず圏外になるため使用できず、これらの区間に差し掛かる前には車内放送でその旨が放送された。 携帯電話についてもやはり山間部やトンネルなどでは利用できない場合があるが、順次不感地帯の解消が進められている。 なお、トンネルによってのみ使用できるトンネル(大阪線の大半のトンネル)と、加えてとも使用できるトンネル(難波線や奈良線の新向谷トンネル)がある。 車内については50000系「しまかぜ」 と80000系「ひのとり」で実施している。 大和八木駅は橿原線と大阪線が立体交差する 特急停車駅に指定されている駅ホームには、乗車位置を解りやすくするため、号車番号案内表示器(または表示板)を設置している。 そのほか、ホーム上に特急券自動券売機を設置して 、発売窓口の混雑緩和、および急行以下の列車からの乗り換え客の便宜を図っている。 基本的に急行以下の列車と同じ線路を走ることから、ホームも共用であるが、近鉄名古屋駅、賢島駅、大阪上本町駅(地上ホーム)、京都駅、大阪阿部野橋駅には特急専用ホームも存在する。 、、などから新幹線を乗り継いで近鉄特急に乗り換える際の駅は、、もしくは京都駅であるが、においても、(Osaka Metro)を介して下車のうえ大阪阿部野橋駅、もしくは下車のうえ大阪難波駅で近鉄特急に乗り換えることが可能である。 空路に関しては、近鉄名古屋駅で名鉄と接続することでと連絡を図り、大阪難波、大阪阿部野橋(天王寺)、大阪上本町、鶴橋の各駅でもJR、南海、空港バスと連絡して、を連絡している。 特急停車駅はそれぞれ異なる特徴を持つが、ここではとの事例を述べる。 伊勢中川駅は大阪線、名古屋線、山田線が合流する要所で、戦後以来ずっと名阪連絡の使命を担ってきた。 現在、名阪特急は甲乙含めて1時間当たり2往復運転するが、これに加えてもう2往復の乗車チャンスを与えるために、阪伊と名伊の両特急を当駅で接続の上、利用客の便宜を図っている。 ホームの両側に、名古屋発伊勢志摩行き(名伊)特急と、伊勢志摩発大阪行き(阪伊)特急がほぼ同時に到着し、乗客は階段を昇り降りすることなく同一平面上で乗り換えが出来る。 さらに、歩行の負荷を減らすため、出来る限り乗り継ぎ前と乗り継ぎ先の車両の位置が近くなるような号車番号で切符が発券される。 また、特急料金の節で述べたように、特急同士の乗り継ぎにおいては、特急料金の計算を個々の列車単位ではなく、キロ通算特急料金を採用し、負担を低減している。 大和八木駅は大阪線と橿原線が立体交差する駅で、東海道新幹線開業を契機とした特急ネットワークの転換期における重要な役割を果たした。 現在も名阪と京橿、名阪と京伊、阪伊と京橿の各特急間で連携が行なわれる。 この内、名阪と京伊は2階の同一ホームで乗換えが可能で 、他は階段を使っての連絡となる。 大阪阿部野橋駅の特急専用ホーム(左端) 競合関係にあるもの [ ] 近鉄特急と競合関係にあるものは、やを始めとする道路網と自動車、東海道新幹線およびJR名古屋駅と鳥羽駅を結ぶ「」、さらに間接的に関わってくるものとして、やアジア太平洋地域のリゾート地など伊勢志摩と競合しやすい日本国内外のリゾート地の存在と、日本国外や沖縄へ向かうが挙げられる。 近畿・東海以外の各都市から伊勢志摩に行くよりも、日本国外に飛んだほうが安い場合があるからである。 一方で、近鉄名古屋駅や京都駅は東海道新幹線との接続駅でもあり、新幹線の乗客を近鉄の路線に誘致するなどの強い連携も行なわれていることはそれぞれの特急の節で述べている。 近鉄はの進展に対する危機意識を建設当時から抱いていた。 また、1960年代当時、未開の地であったを近鉄資本でもって開発、囲い込む傍らで、をはじめ、伊勢道路(現・国道23号)の開通など、自動車利用を前提とした施設の拡充も進行し、着々と鉄道経営を圧迫する地歩がつき固められつつあった。 1970年代ともなると定期外収入(特急料金もこれに該当)が前年並みとなり、ここにモータリゼーションの影響がはっきりと現れてきた。 各家庭の自動車保有台数も年々右肩上がりで、それに呼応するように国道の整備、高速道路網の拡充が推し進められた。 現状、名伊特急や阪伊特急、京伊特急のルートにも高速道路や一般国道が沿うように展開しており、今後とも自動車との競争は避けられない情勢となっている。 特に名伊特急の守備範囲である三重県においては、駅前に立地していたショッピングモールが軒並み自動車利用を前提とした郊外に移転する傾向が顕著で、生活の足は電車よりも自動車と化しているのが現状である。 特急料金収入の増減は景気に左右される場合が多く、1990年代半ばからの景気低迷などによる国内観光の不振により、伊勢志摩観光も大きく需要が伸び悩んだ。 伊勢志摩方面に特急営業を行なう近鉄にとっては痛手が大きく、2012年の伊勢志摩方面特急の輸送量は、1994年と比べて約4割程度となった。 また、短中距離の特急利用客も生活防衛の観点から急行で我慢する傾向が増え、レジャーの多様化によって日本国内外の観光地とも競争が激化し、さらにはインターネットの媒介やゲーム機器の発達によって旅行以外の娯楽が増えたことも収入減に関係していると推察される。 さらに、これに輪をかけて日本の総人口が減少していくが今後一層加速すると見られ、沿線人口の減少とともに、鉄道事業収入の伸び悩みも今や顕在化している状態である。 近鉄が特急運営に強い意欲を示してきた要因の一つが、冒頭()で記述した通り、近鉄路線が背負う宿命としての閑散路線対策であるが、それだけにとどまることではなく、特急料金収入が競合交通機関をはじめ、社会のライフスタイルの変化によって蚕食されることを早くに警戒していたことにもよる。 このため、特急の輸送サービス向上にハード、ソフト面で取り組んできたが 、近年ますます厳しさを増す特急運営に対して、特急停車駅の増加 、グループ席の利用制度変更、座席のインターネット空席照会と予約システムの導入 、各種割引切符(まわりゃんせ 、名阪まる得きっぷ等)の発売 、保有車両の絞り込み 、ニーズに合った車両の建造等 、さまざまな対策が打たれている。 伊勢湾に沿う線路の架線柱には緊急避難誘導標を設置 近鉄では、近鉄名古屋駅 - 間および - 賢島駅間がに対する地震災害対策強化地域に関わっており、東海地震の警戒宣言が発令された場合、各区間では列車の運行が中止されることになっている。 これに伴って、川越富洲原駅 - 伊勢中川駅 - 明星駅間でも特急列車の運転が取り止められることになっている。 東海、東南海、南海地震発生時の乗客の安全確保を目的として2013年2月より名古屋線をはじめとした沿岸部に近い路線で浸水予想区域を対象に緊急避難誘導標の設置を行なっている。 そのほか、特急車、通勤車を問わず、各編成に概ね1 - 2台の割合で避難はしごを設置している。 事故 [ ] 近鉄路線も多数の踏切を有することから、それに絡んだ事故対策として、防護無線を活用することで踏切障害発生時に、近辺を走行中の全列車に危険を報知する体制を整えている。 近年は特に大阪線の山間部でなど動物との衝突事故が増えている。 近鉄によると、2015年の1年間だけで(特急以外も含めて)過去最多となる313件もの動物との衝突事故が発生した。 近鉄特急において乗員・乗客の死亡を伴う事故は2件発生している。 1966年11月12日 構内で信号見落としの特急が停車中の準急に衝突し、双方の車両が大破した。 運転士が死亡し、乗客にも多数の重軽傷者が出た。 「」も参照 列車名について [ ] かつて特急の運転本数が少なかった時代は、列車を特定のうえ乗車することに意味があった訳で、「かつらぎ」「すずか」「あつた」「おわり」などの列車名が付与されていた。 しかし、次第に特急が増発され、運行系統が多様化するに至って、特定列車を意識して選択する必要性が薄れ、旅客にとっても列車名で指定する意味がなくなったため、名古屋線改軌後の1960年1月に定期列車の列車名は廃止された。 ただし、行楽期に設定される不定期特急の一部については、引き続き列車愛称が付けられた。 その後は1970年のダイヤ変更時に「名阪」「いせしま」「いせじ」「パールズ」「はまゆう」「ゆのやま」等の愛称が設けられたこともある が、1970年代半ばには使用をやめている。 それ以降は公式の列車名はなく 、一貫して「近鉄特急」としてPRしている。 また、既述通り「伊勢志摩ライナー」「アーバンライナー」等の愛称は車両固有の愛称であって列車名ではなく 、これらの車両も特急ネットワークの中に組み込まれ「近鉄特急」として一体的に運用されている。 これらの事情によって特急券申し込みの際、JRの場合は列車名を申込用紙に記述するが、近鉄特急の場合は列車名がないため、行き先だけを係員に告げるか、発車時刻を告げることで乗車希望の特急を指定する。 伊勢神宮との関わりについて [ ] 近鉄との関わりは深く、歴史的には近鉄の前身であるが伊勢進出を図って姉妹会社の参宮急行電鉄を設立した1920年代まで遡る。 現在でも大阪、京都、名古屋をはじめ、新幹線沿線の各都市から伊勢までの輸送ルートとして近鉄線は機能しているが、その参拝客の足として近鉄特急が設定されている。 1947年に近鉄特急が運行開始して以来、伊勢神宮の行事が近鉄の特急運営を左右してきた側面があり、特に20年に一度社殿を建て替えるの際には参拝者が多数訪れることから車両の新造、更新、それとセットで運用に少なからず影響を与えてきた。 その内容を1953年の第59回神宮式年遷宮以降で列挙する。 1953年(第59回) 2250系の新造 と特急増発• 1973年(第60回) 12200系の増備と鳥羽線宇治山田駅 - 五十鈴川駅間の複線化(1971年12月竣工)ならびに特急増発• 2013年(第62回) 50000系「しまかぜ」の運用開始 と23000系の車体更新 である。 なお、近鉄特急における伊勢神宮への連絡駅は外宮()が伊勢市駅、内宮()が宇治山田駅もしくは五十鈴川駅である。 お召し列車 [ ] 沿線にはのを祀る伊勢神宮をはじめ、の他、様々な文化遺産があることから、何かと皇室の行事に近鉄電車が利用される機会が多い。 近鉄ではその都度、特急車両を整備してを運行した。 当初は汎用特急車が使用され、御座所の椅子を近鉄百貨店でしつらえてセッティングしたが 、1990年以降はアーバンライナー等の固定編成系列が使用され、特別車両を御座所としている。 各々の日程、編成は、、、、、、、の各項目を参照のこと。 他社線乗り入れとその計画 [ ] 阪神・山陽電気鉄道への乗り入れ [ ] 阪神直通運転開始初日の22600系 2014年3月22日 2014年3月22日より、団体臨時列車の扱いであるが、 - 賢島駅間で運用を開始した。 阪神との運行範囲は、対伊勢志摩(神伊特急)に限定することなく、対中京(名神特急)・対奈良(神奈特急)など、様々なプランの中で設定されている。 近鉄では、阪神との相互直通運転開始以前より阪神線内への近鉄特急の直通運転のアプローチを展開しており 、実際に春を目標にを介してまで乗り入れる構想が報道されたこともあった。 だが、阪神がダイヤパターンが崩れる懸念、利用需要が読めないこと、特急券発券システムや乗務員教育などにコストが掛かることを理由に難色を示したため 、結局のところ直通運転の実現は阪神との相互直通運転開始後も進まなかった。 その後、2013年の協議で暫くは団体臨時列車の扱いで直通運転を開始することで合意、翌2014年より運行が開始され 、現在に至っている。 Osaka Metro中央線への乗り入れ [ ] 2019年1月19日、近鉄は経由で・への近鉄特急の乗り入れ計画を発表した。 近鉄は同時に、近鉄奈良駅をOsaka Metro中央線に直通する近鉄特急の発着駅として計画(それ以外の駅からの直通運転の是非については言及せず)し、(奈良線)・(けいはんな線)の生駒駅寄りに奈良線とけいはんな線との連絡線を設ける予定であり、またけいはんな線のに対応した「夢奈特急」専用の特急車を開発することを検討している。 同年5月14日には日本国外のメーカー(社名は非公表)に開発を依頼済であることが発表され 、同日発表された「近鉄グループ経営計画」にも万博・IR誘致に向けて夢洲への直通列車を検討する旨が記載された。 11月14日には伊勢志摩まで直通特急を運行することが報道されている。 実施には、上記の阪神・山陽への乗り入れ構想以上に課題が多く、奈良線とけいはんな線・Osaka Metroとの集電・信号・列車無線方式の違いや両線間の車両限界の違い、自社のけいはんな線およびOsaka Metro側での特急料金の制定、およびOsaka Metroおよび近鉄両社間での発券システムの問題の解決が必要であるが、これについての両社間の対応をどうするかについては未定である。 車内チャイム [ ] 近鉄特急では全車両でが流れる。 各駅のチャイムは以下の通り。 駅名 車内チャイム 駅名 車内チャイム 大阪難波 大阪上本町 大阪阿部野橋 鶴橋 京都 近鉄丹波橋 楽しき農夫 大和西大寺 近鉄奈良 大和八木 橿原神宮前 飛鳥 吉野 伊勢中川 伊勢市 羊飼いの家路 宇治山田 鳥羽 鵜方 きっとパルケエスパーニャ 賢島 近鉄四日市 オリジナルチャイム 近鉄名古屋 現在は使われていないが、以前は以下の車内チャイムが流れていた。 発車メロディ [ ] 近鉄名古屋駅では以前からの「」が特急の発車メロディとして流れている が、2015年7月10日から2016年12月26日まで、名伊特急についてはの「」が発車メロディとして使用されていた。 また2012年3月20日から2017年3月19日まで関西側のターミナル駅 で、の「」が使用されていた。 これらの駅では2017年3月20日より「」が特急の発車メロディとして流れている。 大阪難波駅・近鉄名古屋駅では、2020年3月14日より運転を開始した特急「ひのとり」の発車メロディーとして、オリジナル曲「ひかりの鐘」が使用される(近鉄奈良駅での「ひのとり」の発車時は他の特急と同じく「水上の音楽」が流れる)。 なお、近鉄では2017年9月29日より発車メロディの曲目を公式ホームページで公開し、公式YouTubeでも聴くことがてきる。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• ただし、近鉄では特急車両をとして使用することはある。 実際は1日8本であるが、大阪線と名古屋線の各名阪特急を一体として扱うことから1日4本、2往復とカウントする(名阪特急が分割運転していた経緯については名阪特急の節を参照のこと)。 1963年9月21日ダイヤ変更時点の本数。 『決定版 近鉄特急』ジェー・アール・アール、124頁• かつては複数の列車愛称を付けていたが、1960年1月20日のダイヤ変更で列車愛称は廃止された。 近鉄のニュースリリースでもこの用語を使用している場合がある。 例・ - 近畿日本鉄道ニュースリリース、2010年2月10日、2016年2月27日閲覧• 近鉄においても1960年の一時期に「準特急」の列車種別が存在していた(現在の乙特急の前身)が、同年6月15日に旅客営業・案内上は特急に統合されている。 「アーバンライナー」「伊勢志摩ライナー」「しまかぜ」「さくらライナー」「青の交響曲」の各編成• 運行開始当時の特急券には「UL7号」または「アーバンライナー7号」といった表記がなされていた。 甲特急・乙特急の区分けは『近鉄時刻表』2016年3月19日ダイヤ変更号、37頁に記載された「特急運転系統図と停車駅案内図」に名阪特急の系統が2種類掲載されているので、それによった。 多客時には大阪難波ー名張間は10両編成で運転される。 1960年1月時点の甲特急の鶴橋停車は上りのみ。 1961年4月25日より下りも停車となった。 月刊『近鉄』(近畿日本鉄道宣伝課発行)1961年5月号、27頁、『決定版 近鉄特急』ジェー・アール・アール、115 - 116頁• 開業は3月15日だが大阪線の特急乗入れは21日から。 『創業70周年記念 最近20年のあゆみ』近畿日本鉄道、1980年、41 - 43頁• 両方ないし一方のどちらか• ひのとりの場合は特別車両券が必要なため、200円加算。 阪伊特急は1948年運行開始としているが、1960年までは全くの別系統ではなく名阪特急に阪伊特急の役目を兼用させる形で設定されていた。 『京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表』日本交通公社関西支社、1968年4月127頁、1969年9月127頁、1970年4月127頁より。 なお、甲特急を毎日運行となった1970年運行開始としている資料もある。 例・『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年、705頁• 運行開始当初の名伊特急の運転区間は近畿日本名古屋駅 - 宇治山田駅間のみで、宇治山田駅以南が開通するのは1969年であるため、宇治山田行きの伊勢市駅のみが甲特急停車駅であった。 その伊勢市駅も1970年に通過とされた。 「しまかぜ」を含めると17時台の京都方面行きで1時間5本。 『近鉄時刻表』2014年9月21日ダイヤ変更号、198頁、355 - 356頁• ただし、1972年11月7日実施のダイヤ変更から1973年3月1日のダイヤ変更前日までは、近鉄奈良駅に入らずに京都線内のみ運転の大和西大寺駅発の京都行きの列車も3本設定されていた。 前身である旧大阪鉄道が国鉄の関西線との貨物列車相互乗り入れを目論んでいたため。 吉野特急は登山客の輸送も担うため、荷棚スペースが広く採られている。 ただし1976 - 1980年には1本のみ近鉄難波行があった。 『近鉄時刻表』1979年号、56 - 60頁および206 - 210頁• 近鉄発行の初詣パンフレットに掲載された時刻表によると、例えば大晦日22時台 - 元日1時台、伊勢方面の阪伊特急は毎時4 - 5本(ほとんどが甲特急タイプ(当時の甲特急の停車駅に加え、大和八木駅・伊勢市駅にも停車)で乙特急は毎時1本のみ)、名伊特急は毎時4 - 6本(とくに近鉄名古屋駅発21時20分から23時00分までは10分間隔。 なお速達タイプは毎時1本)、京伊特急は毎時2本(単独運行)、橿原方面の吉野特急は毎時4本であった。 2013年大晦日現在では同時間帯、阪伊特急・名伊特急がそれぞれ毎時1 - 2本、京伊特急は毎時1本(阪伊特急との併結)、吉野特急は毎時1本となっている。 は伊勢方面行き特急の復路の回送を利用し、桜井駅始発で運転されたこともあった。 - 『鉄道ファン』(第180号)1976年4月号、交友社、94頁• は鶴橋駅 - 伊勢市駅間や伊勢市駅 - 桜井駅間ノンストップの列車、2011年大晦日までは大和八木駅 - 伊勢市駅間ノンストップの列車もあった。 運転日は、2010年から2011年の土曜・休日。 ただし、上記の天理発着臨時特急と重なる日や年末年始、1月の3連休を除く。 『近鉄時刻表』2016年版268 - 274頁に当該列車の記載がない。 また公式ウェブサイト等での発表もない。 乗り継ぎ駅及び列車の案内は近鉄ホームページの「ダイヤ案内」にて確認可能• 近鉄における乗車券とは・・・のほか、(・及び相互利用のICカード)、対応カードをさす。 かつては往復同時に購入する際、区間限定で復路を1か月1日前に購入できる制度があったが、2012年度に廃止された。 『近鉄時刻表』2012年3月20日ダイヤ変更号、90頁と『近鉄時刻表』2013年3月17日ダイヤ変更号、91頁の比較• 近鉄時刻表の駅名欄に「特急券即時発売駅マーク」が掲載されている駅で購入可。 『近鉄時刻表』2014年9月21日ダイヤ変更号、3頁• 近鉄時刻表の駅名欄に「定期券即時発売駅マーク」が掲載されている駅で購入可。 『近鉄時刻表』2014年9月21日ダイヤ変更号、3頁• 難波線、大阪線・大阪上本町駅 - 河内国分駅間、信貴線、奈良線、京都線、生駒線・生駒駅 - 東山駅間、けいはんな線、南大阪線・大阪阿部野橋駅 - 上ノ太子駅間、道明寺線、長野線、吉野線・下市口駅 - 吉野駅間の各駅。 名古屋線・近鉄名古屋駅 - 近鉄蟹江駅間の各駅。 特急は2回利用可能。 過去に販売していた割引切符は以下に列挙する。 特急カード(特急料金の支払いに使用できるカード。 2013年2月20日で発売終了した)。 マンスリービスタ14(特急料金の500円・870円区間に関してのみ販売されていた、14回分のカード式特急料金。 有効期間は発売から1ヶ月間)。 有効期間は発売日から3ヶ月間。 ただし「しまかぜ」には使用できない)。 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン往復きっぷ4(近鉄線内の特定エリア - 大阪難波駅間の近鉄線及び大阪難波駅 - - 間の阪神線・JR線の往復割引切符(近鉄線内の特急券込)、USJ1日券のセットクーポン。 近鉄名古屋駅から利用の場合は13,940円)。 区分の基準は次の資料によった。 『鉄道ピクトリアル』(第505号)1988年12月臨時増刊号、電気車研究会、156頁• 1964年に格上げ改造された680系も含む。 ただし駆動方式はWN式• 2250系、6421系、6431系がこれに該当。 『鉄道ピクトリアル』(第505号)1988年12月臨時増刊号、電気車研究会、67 - 71頁• 当時は大阪線と名古屋線の線路の幅が異なっていた。 2016年に格上げ改造された16200系も含む。 近鉄における新性能車の先駆けは、1954年に在来車を改造したである(『鉄道ピクトリアル』第398号 1981年12月臨時増刊号、電気車研究会、105頁)。 10100系の定員は1編成184人。 これに対し12000系(2両編成)の定員は128人(『鉄道ピクトリアル』(第505号)1988年12月臨時増刊号、電気車研究会、157頁と173頁)。 30000系は両端の平床車(モ30200形)トイレ寄りの座席も固定式となっている。

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