志村 けん ちん。 志村けん

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志村 けん ちん

確か80年代。 小学生の頃の想い出。 大学教員をしていた私の父は大のテレビ嫌いであった。 父がいる時はテレビの電源は消すこと。 つけたとしてもチャンネルは「NHK」 が我が家のルール。 そんな父の帰宅が遅くなる日だけはテレビを観ることができた。 幸い、母はテレビには寛容で、21時頃までは好きな番組を観ることが許された。 カトちゃんケンちゃんご機嫌テレビ。 これが小学生の私のお気に入り。 特に志村けんの細かな仕草や表情がおかしくて、本当に笑えた。 思えば、腹の底から笑う、息ができないほど笑う という経験はこの時が初めてだったのかもしれない。 ある日、そんな私の楽しい時間を打ち破るように父が帰ってきた。 いつもは研究室にこもって帰宅はもっと遅くなるはずなのに、その日は飲み会があったせいか、21時前に帰ってきたのだ、、、 怒られる! こんな低俗でくだらない番組を観ていることが父に知れたら怒られる。 そもそもこんな夜更けにテレビをつけていること自体が叱責の対象になる!! 私はとっさにテレビの電源を消そうとした。 が、時すでに遅し。 玄関を通りリビングに入ってきた父の前で、テレビに志村けんのアホ面がもろに映し出された。 あぁ、最悪、よりによって、、こんなシーン、、、低俗だと怒られる、、、 、、、 「なかなか面白いじゃないか」 、、なんと、、父は笑っていた。 腹を抱えて笑うのではなく、学者らしい評論家風の冷静な笑い。 けれど、確かに笑っていたのだ。 これまで、どんなテレビ番組を観ていても「くだらない」「はやく消せ」としか言わなかった父が、志村けんで笑っている。 どうしようもない嬉しさを感じた。 テレビを観ていたことを叱責されなかった安堵の嬉しさではない。 それよりも大きな喜び。 どこか世俗離れした父と、初めて同じ事柄について共感できた喜び。 父と同じモノを見て一緒に笑うことで、自分が成長した気になれたし、父が身近な存在にも感じられた。 意外とお父さんっていい人じゃん。 そう感じられた喜び。 志村けんに関するこのようなエピソードは、同年代の人であれば皆持っている。 たぶん、、志村けんの笑いは「普遍的」なのだろう。 年齢、性別、国籍問わず、全ての人の心に広く遍く染みわたる笑い。 こんなに平等な笑いを体現してくれる芸人は今後、少なくとも私の生きている間には現れないだろう。 今は、父も志村けんも、他界した。 けれど、私の心の中で父は生きている。 志村けんを一緒に見て笑った時から始まった父と私との想い出は、今も私の心に残っている。 志村けんも生きている。 志村けんに、涙が出るまで笑わされた我々の心の中で、しっかりと生きている。 今この瞬間も、YouTubeで志村けんを見て笑っている人が何人もいるだろう。 チャップリンが伝説となったように、志村けんも大勢の人の心の中で連綿と生き続ける伝説となる。 ありがとう、お父さん。 ありがとう、志村けん。

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志村けんから学ぶモテ術|キング・ちん|note

志村 けん ちん

(71)がさん(享年70)の代わりに映画「キネマの神様」で主演を務めると発表された。 ネットでは「最高の代役」と喜ぶ声が上がっている。 山田洋次監督(88)が「家族」をテーマに制作する同作だが、志村さんが亡くなったことや緊急事態宣言の影響で撮影が中断している。 各メディアによると、そんななかで制作陣は「作品を完成させることが志村さんへの供養になる」と考え沢田にオファー。 沢田はこうコメントしているという。 「志村さんの、お気持ちを抱き締め、やり遂げる覚悟です」 もともと同じ事務所の先輩後輩という間柄だった沢田と志村さん。 テレビやラジオ、そして舞台で何度も共演してきた。 「ブレイクの時期が重なる2人は当時、風貌も似ていると話題でした。 それを活かし、沢田さんが志村さんの鏡に写された姿を演じるというコントもありました。 沢田さんはアイドルにもかかわらず、志村さんの無茶振りにきちんと対応。 そのことが、沢田さん人気をさらに押し上げたのです。 何より志村さんも晩年に『すごかった』と沢田さんのコントスキルを讃えていました。 2人は01年から1年半ほどラジオ番組『ジュリけん』(文化放送)でレギュラーを共にしていましたが、そこでも仲睦まじい様子でした」(芸能関係者) そのため今回の代役にもネットでは《志村さんからジュリーへ! このバトンの引き継ぎはグッとくるものがあるな!》《二人のこれまでの縁、信頼があってこその配役で、志村さんもきっと安心しているんじゃないかなぁ》《志村からジュリーへ!こんな最高な代役ないだろ。。。 ジュリーは男だなあ》と喜ぶ声が上がっている。 沢田にとって14年ぶりの映画出演となる今作。 さらに特別なものとなりそうだ。 外部サイト.

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志村 けん ちん

「志村けん」が、もういない。 どうやら、もうバカ殿はキレて扇子を落とさないし、変なオジサンも出没しないし、ひとみ婆(ばあ)さんがマッサージしにやって来ることもない、らしい。 でも、いまだに現実味がない。 「志村けん」という名前を認識したのは小学生の時。 あの頃、土曜の夜8時にテレビの前にいないというのはありえない事だった。 まだ録画機もない時代、8時までに、ごはんとお風呂を済ませてテレビの前に座り、画面の中の志村けんを見て、腹を抱えて笑った。 それから月日は流れ、僕は自分でも予期していなかった放送作家という肩書になり、そして、NHKの「となりのシムラ」という番組で、とうとう、志村けんさんと仕事をする事になった。 初対面の日、打ち合わせ場所を訪ねると、志村さんは、あらかじめ渡しておいたコント台本を、難しい顔つきで、黙々とめくっていた。 僕は、わずか1メートル先にいるその人の姿に釘(くぎ)付けになり、心の中で「志村けんがいる」と何度かつぶやいた。 志村さんの仕事の仕方を間近で見られるのは、この上なく贅沢(ぜいたく)な時間だった。 撮影スタイルにおいても、志村さんから「本番は1回だけね」という難しい条件が出た。 それは、ロケ中心のこの番組ではほぼ不可能なため、何とか監督が粘り強く交渉し、「2回までなら」という事になった。 そのせいか、撮影現場は、常にいい緊張状態が保たれていた。 アドリブというのは驚くほど少なかったが、娘が結婚相手を連れて来るというコントで、緊張してなかなか現れない父親を娘が強引に連れて来るという場面、志村さんは、まず彼氏の隣に座って見せた。 これは完全にアドリブなのだが、父親の狼狽(ろうばい)ぶりがよく表れていて、台本にはまず書けないと感服した。 おそらく、台本を納得いくまで読み込んで、その役を完璧に自分のものにして本番に臨んでいるのだろう。 撮影現場で、志村さんが台本を開いているのを、まず見たことがなかった。 コントに向き合う姿勢の次元の違いを何度も見せつけられた。 ずっと観察していて、改めて気づいたのは、その超が付くほどの高い演技力だ。 コントのキャラクターばかりに目が行きがちだが、シリアスな演技は、俳優の中に混じっても群を抜くレベルだと思う。 たとえば、普段は家族に邪魔扱いされているが、実は、もの凄(すご)く愛されているのを知った時の表情などは、震えが来るほど上手(うま)い。 どこにでもいるオジサンを描いた「となりのシムラ」は、シリーズ6まで続いた。 まだまだ新しいシリーズもやりたかった、のに。 志村さん、あなたのコントを見て育った人はたくさんいるけれど、自分が書いたセリフを、あの志村けんが、熟読して本気で演じてくれる。 こんな経験をした者はそうはいない。 この先も僕は、その事を誇りに生きていけます。 もう、一生コントを書き続けます! 数え切れないほど笑わせてもらいました。 本当にありがとうございました。 願わくば、東京オリンピックの開会式に乱入する「変なオジサン」を見たかった。

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